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皇室の系譜

 ルカルディオ陛下が帝都へ帰還した。


 久しぶりに陛下の執務室に、軍服ではない、白地に金の刺繍が施されてていて肩章とサッシュがついた服をお召しになっている陛下がいた。長い間見ることが叶わなかった、平和の象徴のお姿。陛下の後ろにはバレッタ卿の赤髪が見えるけど、申し訳ないが今は焦点が合わない。


「陛下!」


 安堵感と高揚感と胸がいっぱいのまま、私は駆け寄ろうとした。侍女たちに、久しぶりに陛下に会えるのだからとドレスを着た方がいいと勧められ、出迎えが遅くなってしまったのだ。


 陛下は私を見るなり、すぐに椅子から立ち上がって私を抱き止めた。人間の体温はどの人もそう変わらないはずなのに、陛下の温度は特別に私を温めてくれる。指先から足の爪先まで、やっと血が通って蘇った心地がした。


「サーラ」

「陛下」


 しばらく抱き合っていたけど、陛下は少し体を離して私の顔をじっと見て、ドレスも上から下まで観察される。


「どうしたんだサーラ、すごく綺麗だな。海の女神が陸に現れたのかと思った」

「う、海の女神って……」


 確かに今日のドレスは青いが、陛下の褒め方は大げさすぎて恥ずかしくなる。


 これは、一度も着ないままどんどん衣装部屋に貯まっていたドレスの中から、1着が侍女5人の多数決で選ばれたものだ。


 ドレス自体は、浜辺に打ち寄せる波のような、胸元から裾に向かうにつれて白から青になだらかに染められ、広がるひだが幾重にも重なり、銀糸の刺繍がキラキラしてはいる。


「本当にサーラはどんどん綺麗になって、困ってしまうな。だから悪い虫が寄ってくる」

「悪い虫ですか? そんなのいませんけど」

「いるだろう。ベラノヴァ団長からの報告は聞いている。私がいぬ間に、アントニオがサーラを誘惑したらしいな」


 私は呻くのを我慢した。ベラノヴァ団長には言わないでとお願いしたのに、アントニオの発言をわざわざ陛下に報告したらしい。


「アントニオは、子供ならではの破滅主義なんですよきっと。そのうち落ち着きます」


 自分諸とも皆殺しにしようとしてきたり、何もかも捨てて外国で一緒に暮らそうと誘ってきたり、行動が若干悪魔めいているけど根はいい子だと思う。育った環境が複雑すぎたんだ。


「ああ、あいつに教育は必要だ。それで、またサーラに負担をかける話となってしまうが……」


 陛下は苦渋の表情で、ひとつの計画を教えてくれた。それは私にとっては負担でも何でもなく、むしろ責任が軽くなったように感じられることだった。



 ◆


 私と陛下は、アントニオを軟禁している部屋へと向かった。周囲を警護している近衛騎士が敬礼をする中、陛下はノックもなしにドアを開け、黙って中へと侵入する。


 相変わらず魔力を吸収する装置のある部屋だ。入ったときの脱力感にはもう慣れた。


「アントニオ、お前の処分が決まった。心して聞け」


 入るなり陛下は、朗々と声を張る。私たちが来るまで、ベッドに寝そべっておやつを食べていたらしいアントニオは、慌ててお菓子の粉を払って立ち上がった。陛下そっくりのアントニオは、皆に『小皇帝』と可愛がられ、お菓子などをたくさんもらっている。


「何だ急に。帰っていたのか、兄上。ってお前はサーラか?! 今日はすごく綺麗だな。初めて女装してるのを見たぞ」


 私がドレスを着るのを女装と呼ぶなと言いたいが、微笑むだけにとどめた。


「アントニオ。お前の行く末が決まった。まず、二度と私を兄などと呼ぶな」


 陛下の冷たい言い方に、アントニオの翡翠の瞳がすうっと細められる。


「ふん、報告を聞いて、サーラを取られると嫉妬に狂って私を追いやろうとしているのか。だがな、そうやって政務にかまけている間にサーラの心は私のものとなった。兄上といるときよりずっと素を見せてくれているぞ? なあサーラ。共に放浪の旅に出ようか」

「ちょっ……何言ってるの?!」


 アントニオの煽るような物言いに私は声をあげる。どうしてアントニオは陛下に喧嘩を売りたがるのか理解できないし、争いの理由に私を使わないで欲しい。はっと陛下を振り返ると、顔色を失くし静かな怒りを湛えていた。これは最高潮に怒っているときだ。


「……アントニオ、お前は私が、このような争いをしたくないとわかっていて挑発しているのだろう。その手には乗らぬ」


 陛下はお腹の底に響くような低い声で語った。陛下は先帝陛下とニヴェスリアの子、アントニオは先帝陛下の弟ランベルトとニヴェスリアの子であり、要は親世代の泥沼関係が、この度の戦争を引き起こしたのだ。


 だから歴史を繰り返すように、異父弟であるアントニオが私にちょっかいを出すのは明らかな挑発行為だった。まあ私は絶対にアントニオとどうかなろうとは思わないけど――


「どうすると言うんだ?」

「アントニオは私の養子とする。そしてサーラと私が婚姻したあかつきには、サーラはお前の母になる」

「はあ? 私と兄上は13歳しか違わないし、サーラとは9歳しか違わないんだが? そんなの、乱れすぎだろう」


 アントニオは一瞬ぽかんとして、すぐに年齢の計算をする。12歳のアントニオがたった13歳差とか9歳差とか言うのはおかしな感じだった。でも、貴族間の縁組ではそこまで珍しくもない年齢差だ。跡継ぎのためとか再婚とかで歳の近い親子はいる。


「乱れてふしだらなのはアントニオ、お前だ。血の繋がりはなくとも、母になるサーラを誘うなどと恥知らずな行為はもうするな」

「嫌だ、私の母と父は……」

「お前に拒否権はない。私の権限でもってアントニオは私の養子となる。これからは私を父上と呼ぶように」

「嫌だ!!」

「私の養子となれば、皇族の系譜に正確な父母の名前が記載されるから心配するな。アントニオはまだどこにも書かれていないだろう」

「それは……」


 激しい拒否を見せていたけれど、系譜に父母の名前が載ると聞いてアントニオは黙った。いや、アントニオの存在が公的に認められるとわかって黙ったのかもしれない。アントニオは婚外子であり、どこにも届けも登録もないままだった。


「皇位継承権は元老院の許可が必要になるから私からは何も言えないが、アントニオは帝国の皇子になる。わかったら、だらしない生活は改めるんだな」

「これは、この部屋にいると体がだるいから寝てただけだ!!」

「では後で通常の部屋に移動させる。今後は、お前の起こした行動は全てお前と、父母の名誉に関わると頭に留めおけ」


 陛下がアントニオと話すときは、いつも紋切り型というか堅苦しいものだった。そして言いたいことだけを言って、部屋を出てしまう。ふたりが親子として仲良くなるには、まだまだ時間が必要そうだった。


「待て! サーラ。話がある」


 陛下に続いて退出しようとした私を、アントニオが呼び止める。また変なことを言うのかと私は警戒した。


「なに?」

「サーラは本当に私が息子になっても構わないのか? 私に男の魅力は感じないのか?」

「えっ……」


 正気で言ってるのかと私はアントニオの幼い顔を見つめた。私に少年趣味はない。どうやって傷つけないようにこの場を切り抜けたらいいのか、緊張で顔が熱く感じた。

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