捕縛
ベラノヴァ団長やバレッタ卿など、信頼のおける近衛騎士で囲み、『魅了』で魔物を操る練習は行われた。
生け捕りにしてきた魔物、雷脚馬が何頭か連れてこられる。
どれも4本の足を縄で縛られて、体を横倒しにして嘶いていた。雷脚馬は額に角が生え、足は銀色の鱗で覆われているが、普通の馬と似通っていて愛着が湧きやすい外見をしている。
「じゃあ、始めるわ」
輝石の魔女、エメラルダスは大勢の人に見られるのが嫌なのか、黒いフードを目深にかぶっている。長い呪文の詠唱を終えて、青白く光る縄のようなものが出現した。それは私とルカルディオ陛下、サーシャの3人に勝手に巻きついていく。
「わあ……」
「うわ……」
絶大な魔力が体に流れ込み、私とサーシャは締まらない声をあげた。まだ雨は降り続いているのに、突如として晴れ渡ったように爽快で、力が漲る感じがした。
今なら天を塗りかえ、地を揺るがし、海さえも割れそうだ。有り余る万能感に少し怖くもなる。陛下はいつもこんな魔力を抱えてるのに、どうして落ち着いていられるんだろう。しかも二人に同時に魔力を流してるのに。
「陛下、魔力を吸い取られてつらくないですか?」
「全く問題ない。むしろサーラを戦いに巻き込み、力を借りてるのは私だ。私の魔力なぞいくらでも使ってくれ」
私が熱心に観察し続けてきた学習結果が確かなら、陛下は強がりでもなく本当に大丈夫そうだった。
「いえ、私は陛下のお役に立てるのが嬉しいですよ」
「及ばずながら、僕もいますからね!」
サーシャが割り込んで控えめに叫んだ。
私は、1頭の雷脚馬に狙いを定め、深呼吸をする。『魅了』をどうやったらいいのか、誰も知らないから手探りだ。
苦しそうな雷脚馬は鼻を膨らませて、口から涎を垂らしていた。どこか広い草原で駆け回っていたかっただろうに。洗脳魔法で無理やり連れてこられて、命を落とすなんて可哀想で仕方ない。
――帰りたいでしょ?
呼応するように雷脚馬は鼻息を荒くする。転ばせ魔法を使うときよりずっと優しく、私は相手を見つめた。
「足の縄を解いてあげて。もう暴れないから」
「は、はい」
勇気ある近衛騎士が、ナイフで雷脚馬の縄を切り、拘束を解き放つ。すぐに雷脚馬立ち上がった。周囲の近衛騎士たちが警戒して剣や槍を構える。
「元気でね」
雷脚馬は引き締まったお尻を向けて、豪速で走り去った。横ではサーシャも同様に、雷脚馬を手懐けている。
近衛騎士たちから、口々に歓声があがった。騎士たちは乗馬をするから馬好きな人が多い。氷壁に呑み込まれていく雷脚馬の姿は彼らの心を削っていたようだ。
「サーシャ、瞳で魔力を使うのは初めてなのに上手ね」
「気合いかな」
「私も負けてられないわね」
「あのさ……」
サーシャは私よりくっきりしてる眉を上げた。
「僕も僕なりにサーラを守りたいって思ってるんだよ。昔はサーラに守られてばっかりだったけど、今は僕の方が体は頑丈だから、僕ががんばるよ。……陛下の魔力をお借りしてるけど」
私は多分驚いた顔をしてしまっただろう。サーシャは、ただの負けず嫌いで張り切っているのじゃなく、私を気遣ってくれていた。
「そっか、ありがとう」
「いいぞサーシャ。その心意気は立派だ」
陛下がサーシャの頭を撫でる。少し妬けるが、頭を撫でる手つきが私のときより雑なので良しとした。
私たちは帝都を囲む城壁の上に移動した。周囲一帯を見渡せる、一番高い所で、皆の隊列と準備が整うのを待つ。
城壁の門扉の裏には、何重にも防護柵が置かれた。兵士は50人ずつ隊を組み、半円形に私たちのいる所を中心に移動し直した。まだ魔物の攻撃は続いているので、戦いながらだ。魔力がまだある魔法部隊も、いつでも防御壁を張れるよう待機している。
ルカルディオ陛下の左右に私とサーシャが並び立つと、そんな場合じゃないのに、胸にひっそりと感動が湧き上がる。
いつか、こんな風に並んで大勢の前に立てたらいいなと夢見ていたのだ。華やかな金髪の陛下を、黒髪で容姿がそっくりな私たちが挟んだらそれなりに絵になっているはずだ。
もちろん、黒いローブを着込んで影のようなエメラルダスや、補佐役のジルもいる。それからベラノヴァ団長もバレッタ卿などみんなもいるけど。この並びは嬉しかった。
『聞け!!』
陛下の威厳ある声が周囲一帯に広がった。ジルが拡声魔法を用いている。
魔物に言葉は通じないが、大きな音や光を出せば洗脳状態でも魔物の注意は惹けると実験済みだ。ジルはおまけとばかりに空中で何かを爆ぜさせ、光を明滅させる。
『このディランドラ帝国に仇なす者よ! 如何なる謀りも、我が前にあっては無為である。聖なる愛が、我が力を新たにした。万物は我が命に従う!』
王笏を中空に掲げ、陛下は朗々と宣言をした。聖なる愛とかすごいことを言っているが、とにかく陛下はここで新しい力に目覚めて、魔物を操れるようになったという意味だ。
本当は私とサーシャの能力だが、陛下がやったことにした方が断然都合がいいので、表向きにはそう宣言してもらった。
私とサーシャは、つらっと黙って近衛騎士として陛下の横に立っている。
そうして体に漲る陛下の魔力を使い、『魅了』を見えるもの全てに広げていった。魔物だけでなく兵にまで魅了がかかってしまうが、雑念が多い人間には効力が薄いらしいので多分大丈夫だ。ただ、『帰れ』と命令をした。自分が住む場所へと。帝都は魔物の棲みかじゃない。
何せ瞳は、私とサーシャで4つある。視界は広かった。
地を駆ける雷脚馬と、天を舞う黒被竜は一斉に動きを止め、方向を変えだした。
「おお!! 何ということだ!!」
「さすが陛下!!」
兵士たちは歓声を上げてこの奇跡を喜んでいた。たまに魔物たちと一緒にどこかへ向かおうとする兵士もちらほらいたが、周りの者に呼び止められて正気を取り戻していた。
いつの間にか雨は振りやんでいた。
「あとは、ランベルト公爵ですね」
私とサーシャは息を揃えて、今度はランベルト公爵をあぶり出すように、命令を下す。というか、心の中で語りかける。
――出てこい!! 卑怯者!!
ぼんやり遠くに焦点を合わせていたが、私たちのいる城壁に向かって、燃え盛る火球がいくつも飛んでくる。
「いたか、ランベルト」
火球は、誰かの魔法障壁で簡単に防がれた。陛下が部屋に虫でも見つけたように、低く呟く。
「捕まえてまいります」
背後で待機していたベラノヴァ団長が城壁から飛び降りた。ここは建物3階くらいの高さがあるが――何らかの魔法で着地の衝撃を和らげ、大きな体に似合わない敏捷さで走り出す。団長は、魔法的も肉体的にも一流の両刀使いなのだ。
私はベラノヴァ団長を支援しようと目を凝らす。兵士たちは皆、団長の気迫に押されるように左右に割れていくのに、巧みに人波を縫って移動している者が確かにいた。
私は逃げている男をぐるっと囲うように、転ばせ魔法を使った。
「あっ……」
男の周囲の土が突然激しく盛り上がり、山になってしまった。土に男が呑み込まれる。忘れてた、今は陛下の魔力と繋がってるから何をやっても最大出力なんだ。
「ごめんなさい、やりすぎました」
「いや、土くらい被ってもらわないとな」
周囲の兵たちとベラノヴァ団長の手によって、気絶した土だらけの男は救出され、ランベルト公爵と確認された。
「帝都はこれで落ち着いたな。カルタローネ領はどうなったか」
陛下がそう言ったとき、ちょうど伝令役の兵士が息を切らせて城壁を上って来ていた。
「皇帝陛下!ご報告申し上げます!」




