身内の会議
領地と爵位名と名字が違うとややこしいので、このお話では同じにしてます。
一夜開け、カルタローネ公爵から正式に宣戦布告の書状が届いたことで宮殿は騒がしくなった。
カルタローネ公爵とその娘ニヴェスリア皇太后は、反逆者としてその座を廃された。これからはただのソヌス・カルタローネとその娘、ニヴェスリア・カルタローネとなる。
ルカルディオ陛下は宰相や将軍と話し合うのに忙しいらしく、いつもの執務室にはずっと不在のままだった。私は寂しい気持ちで、サーシャとベラノヴァ団長と昨日までの事務仕事を片付けて過ごした。
ジルは王宮の人間関係を調べると言って、ちょくちょく席を外していた。皇太后一派は出ていったが、侍女や使用人関係で繋がりがあった人は王宮に残されている。注意は必要だからだろう。
昼をかなり過ぎ、ほとんど夕方になってようやく、体が空いたらしい陛下が執務室に戻ってきた。ずっと付き添っているバレッタ卿も疲弊の色を隠しきれずにいる。
「陛下……!」
「公的な会議は終わった。今から私的な会議だ」
駆け寄る私を抱き寄せ、陛下は自分の席に一緒に座らせようと引っ張ってくる。すごく疲れてるんだろう。判断力が低下してるのかもしれない。陛下の椅子は無駄に大きいから二人で座れそうだけど、みんなの前でそれはいかがなものかも思う。
「陛下、何か召し上がりますか?」
私はさりげなく体を引いて質問をした。
「ああそうだな、朝も昼も食べる時間がなかったから何か体に入れるべきだろうな」
「わかりました」
私は執務室の外で待機している侍従に、シェフへの伝言をして、不在のジルも呼んでもらった。
しばらく後に、ジルが戻ってきてシェフからの栄養ドリンクも届いた。野菜や果実を擂り潰し、豆乳を混ぜたもので、バレッタ卿のと二人分だ。私は料理は全く出来ないが、栄養についての知識はある。疲れているときには糖分、果物の酸味がよく効くし、豆乳はたんぱく質も摂れる。
陛下とバレッタ卿は、大きなゴブレットに入ったドリンクを飲み干し、ふうっと息を吐いた。陛下が全員の顔を見回す。
「では、情報を共有すると共に、思考を整理させてくれ。まず、カルタローネ側が帝国の統治を拒み、戦うとした理由だが、宣戦布告の書状によると――」
私の横に立つサーシャがわずかに身を緊張させたのが伝わる。ベラノヴァ団長も、私に付き添っていて会議には出席していなかった。もともと近衛騎士団は、陛下の護衛を主とするので多分出陣はしないからだ。
「何もアントニオをいじめたとかではない。昨夜のことは、単にアントニオを生き残らせるための茶番だったのだろう。向こうは、帝国が過剰な小麦の供給を要請したせいで、この数年カルタローネ領内の餓死者が増加したことを理由としている」
私は首をひねりたくなった。カルタローネの主張はおかしい。
確かに天候や病害虫による不作はあった。その分、帝国はカルタローネへの供給要請を減らしていた。帝国内にやや食糧の不足はあっても、薄く広く行き渡らせることで最悪の事態は防いできていたはずだ。それに何年も小麦の不作が続いているとしたら、カルタローネ公爵自ら、何らかの指導を行うべきだった。それが領地の経営だ。
「皆、納得出来ないという顔だな。その通り、こんな下らぬ戦いは二度と起きてはならぬ。だから、カルタローネを制圧した後は、フォレスティ伯爵を公爵とし、管理を任せたい。サーシャ、お前はフォレスティ家の後継者だな」
油断していたサーシャはびくっと大げさなくらいに反応した。陛下は微苦笑をして言う。
「誓えるか? 私とサーラを、帝国を決して裏切らないと」
「はっ……はい! 身に余る光栄でございますが、陛下のご厚情に報いるよう、決して裏切ることなく、父と共に帝国に忠節を尽くし、更なる繁栄に努めて参ります」
最敬礼をして、サーシャは何とかお礼を述べる。私の方が動揺していた。改めて、陛下と姻戚関係を結ぶ重大さを思い知った。伯爵だったうちが、公爵になる。サーシャが、将来的に公爵になるってすごいことだ。
「うむ。まだ決定事項ではないからフォレスティ伯爵には伝えなくていい。次に、ニヴェスリアが帝都に仕掛け、数千人の命を奪えると仄めかしていた爆薬は、はったりだった」
ベラノヴァ団長は、さもありなんと頷いた。陛下は淡々と続ける。
「帝都の街中を捜索させた結果、あちこちに不審な箱は置かれていたが、ほとんどの中身はただの砂粒だと判明した。ベラノヴァ団長の行っていた火薬破棄作戦は確実であったな。礼を言う」
「勿体ないお言葉です」
私はベラノヴァ団長の涼しげな表情に何か言いたくなったけど、我慢した。彼は仕事は出来る人だ。
「だが、重要な戦力が欠けているにも関わらず、開戦を強行したカルタローネの思惑は不明だ。本来は帝都や宮殿を爆破し、私を殺害してアントニオを新皇帝とするつもりだったのだろう。なぜ負け戦を始めたのか、別の兵器があるのか、それが会議を長引かせた」
何が続くのかと、私は陛下のうっすら隈の浮かぶ目元を見つめる。それでも陛下は美しい。
「――荒唐無稽な話だが先日、南西の橋が魔物によって崩落させられたな。カルタローネが魔物を操る術を手に入れ、命じたのではないかと懸念されている。これについて、何か噂でも知ってる者はいるか?」
誰も何も言わなかった。魔物を操るのは、長い人間の歴史の中で試みられては失敗してきたものだからだ。私より余程魔法に詳しいジル、ベラノヴァ団長は首を振った。
「ないのならそれでいい。開戦は5日後、カルタローネが勝手に定めた国境付近になる。各諸公の軍隊が制圧に向かうが、近衛騎士団には変わらず、私と帝都の防衛を任せる。奇襲の可能性はある」
「はい。必ずや、陛下とサーラ様をお守りいたします」
陛下とベラノヴァ団長の落ち着いたやり取りを眺めながら、私は胸騒ぎが止まらなかった。陛下を責めるわけじゃないけど、良くない情報が多すぎる。
「次、ジルだな。報告は?」
「そうですね、使用人たちに目立った動きはありません。ただ、母さ……輝石の魔女が今回の戦いに協力すると申しております」
ジルはバレッタ卿やベラノヴァ団長がいるので、侍従としての口調で答えた。でもうっかり輝石の魔女を母さんと言いかけてしまっている。ジルもこの異常事態に疲れてるのかもしれない。
「輝石の魔女が協力してくれるなら、心強いな。負傷者をかなり減らせるだろう。しかし魔女が政治に関わるなど、初めてだな」
「ある意味、責任を感じているようです」
二人の兄弟は意味ありげに視線を交えた。そう、輝石の魔女と先帝陛下が恋に落ちたことがこの戦争の発端とも言えなくはなかった。いや、ニヴェスリアが先帝陛下の弟と恋に落ちたのが先だろうか?
「私は彼女に会うのは初めてだが、明日、時間を作る」
「ありがとうございます」
私は神妙に振るまうジルを観察した。私が決めることじゃないけど、ニヴェスリア元皇太后が居なくなった今、ジルに差し迫った危険はなくなった。もうルカルディオ陛下の異母弟だと明らかにしてもいいのに。ジルは私の視線に気付き、ぱちぱちと瞬きをした。
「……サーラの言うとおりだね、もういいのかな? ねえ、ルカ」
いつの間に読心術を身につけたのか、ジルが猫みたいに大きな目を細める。
「どうしたんだ? ジル。陛下やサーラ様に対して不敬だぞ」
ベラノヴァ団長が険しい口調で注意するが、ジルはおかしそうに笑った。
「はは、団長は堅い人だから驚いてくれるかな?実はさ、僕は先帝の隠し子なんだ。母は輝石の魔女で、ルカの異母弟」
「なっ……?!」
ベラノヴァ団長だけじゃなく、バレッタ卿とサーシャも驚いていた。そのうちひとりは椅子に足をぶつけてガタガタうるさかった。
「いるだろうと噂だけはあったが……では、ジル……様か?」
「様はいらない。僕には聖顕の瞳の能力がないし、皇位継承権はない。ルカが好きだから一緒にいるだけ。偉くもなりたくない。僕、ほんとに堅苦しいの苦手なんだよね。まあ気楽に付き合ってよ」
吹っ切れたように、ジルは何だか爽やかだった。陛下がジルの肩を軽く叩く。
「ジル、今まで済まなかったな。急いでお前の身分の回復をさせよう」
「ありがとう。そっか、もうこそこそしないでルカと仲良く出来るんだ」
私はすごく嬉しいし、ジルと陛下も嬉しそうだった。私と陛下の婚約が招いた動乱の中で、これだけは良いことだった。




