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3人の夕食

「軽食と聞いてましたけど、思ったより豪華なんですね」


 ワゴンに載せられ運ばれてきたお皿を見て、私はそう呟く。一口サイズに切られた薄焼きパンに、色とりどりの食材が華やかに盛られていた。10種類くらいあって、全種1つ食べるだけでもお腹いっぱいになりそうだ。果物やスープもある。


 なのに私の大好きな、豆のペーストが山盛りになっているお皿まであった。ドレスのために体型を維持しなきゃいけないのにどうしよう、と悩む私をルカルディオ陛下がじっと見ていた。


「本当に豆が好きなんだな? サーシャにお前の好物を聞いて、料理に追加させたんだが」

「え、ええそうなんです。あんまり高級なものじゃないですけど……」


 恥ずかしさで私は耳が熱かった。サーシャったら、私が席を外してる隙に私の個人情報をばらしてたなんて。あとで覚えてろと思いつつ、陛下がわざわざ調べてくれたところがすごく嬉しかった。


「豆料理くらい、用意させるから毎日でも食べるといい。私が皇帝などやってるせいで不自由な思いをしているのだから」

「ていうか僕のせいで、こんな所で食べるんだから」


 陛下とジルが口を揃え、山盛りの豆のペーストが入った器と、薄焼きパンを私の前に置いてくれる。


「ひとりでこんなに食べられませんよ。それに私は、何も負担になんて思ってません。ここでご飯を食べる仲間に入れてくれて嬉しいなと思ってます」


 この兄弟は切っても切れない絆で結ばれている。当然その仲は私とルカルディオ陛下が結婚しようと変わらないだろう。早くに父君である先帝陛下を亡くし、幼い頃から二人で育てあってきたような陛下とジルだ。


「ふーん。それはどうも。で、ルカは今日はお酒を飲むの?珍しくここにあるけど」

「たまにはな。婚約の祝いも兼ねて」

「そうだね、僕も飲もうっと。はい、サーラ」


 ジルがクリスタルのデキャンタから白ワインを注いでグラスを手渡してくれた。3人で、和やかに乾杯をする。


 私はあまり飲めない方だが、この白ワインは甘くて、今まで一番おいしく感じた。ついこの間まで、翡翠宮殿で寝る前のホットミルクを共にしていたのに今は執務室でお酒を飲んでいる。何だかおかしかった。


「ほら、たくさん食べなさい」

「あ、ありがとうございます」


 ぼうっとしていると、陛下自ら豆のペーストを薄焼きパンに塗って渡してくれた。絶対に比べるものじゃないけど、陛下の翡翠の瞳に少し似た、鮮やかな緑豆のペーストは輝いていた。皇帝陛下専属のシェフが作ったものだ。おいしいに決まってる。


「いただきます」


 早く食べろと陛下が熱視線を送ってきていた。陛下はどうも餌付けとかが好きな傾向がある。一口齧ると、豆の豆らしい青くささにも似た香りが鼻腔を満たした。豆独特のコクに加えて、滑らかさを出すために使われているオリーブオイルの微かな苦みが絶妙だった。


「おいしいです、今までで一番」

「そうか」


 陛下は満足そうに微笑むが、ジルは心底おかしそうにお腹を抱えていた。


「サーラってやっぱり面白いよね。豆料理もらってこんなに喜ぶ令嬢とかほかにいないよ」

「もう……そんなに笑わないでよ」


 私はフォアグラとかのペーストより絶対豆の方がおいしいと思うけど、世間的にはやっぱり人気がない。



「それで、サーラは仕立て師らに何か失礼なことを言われたのか?ウエディングドレスの打ち合わせの後、表情が暗かった」

「何もありませんよ」


 しばらく食べ進めていると、不意打ちで陛下が図星をついてくる。私は否定したが、あまり説得力はなかったようだ。


「サーラ。細かなことでも教えて欲しい。結婚式という大事なことなのに、私が仕事にかまけて同席しないのが嫌だったのか? 私が無神経だったんだな?」


「そうじゃないです。ただ、私は自分の見た目に自信がないので、贅沢なドレスとかティアラに気後れしたのと、似合わなくてもそれらを身につける空の器でいいんだなとむなしく感じたと言いますか」


 言いたくなかったが、陛下が自分を責めるので仕方なく説明をする。陛下とジルは揃って訝しげな表情をした。


「サーラはこの世で一番美しい。美しい絵画にはそれなりの額縁をつける、それだけのことなのに何を言ってるんだ? 額縁が重くて邪魔なら身軽にしても良いが、むなしくなるようなことか?」

「陛下がそう言ってくれるのは本当に嬉しいです……でも冷静に、客観的に言うと平凡な見た目でしょう私は」


 ほとんど同じ顔をしている弟、サーシャの顔をずっと見てきたので不細工ではないと思う。小さな頃はそっくりでかわいいと良く言われた。だけど成長して男女差が表れ始めると、サーシャは絶世の美少年と誉めそやされ、私は普通と扱われてきた。


 サーシャが男にしては、いつまでも女顔だからだ。そして私は、女で女顔。ありふれているというか、当然のことだ。同じ顔でも、女であるだけで価値がなかった。優しいサーシャは私を気遣って、男らしくなるよう体を鍛えたが、顔は変わらなかった。相対的に美しさが研ぎ澄まされるだけだった。


「でも陛下は私の心を見て下さってますし、全然不満はないんです」

「あ、これすぐには直らない問題だね。ルカ、そっとしておくしかないよ」


 ジルが自信たっぷりにワイングラスを傾けた。ジルは猫顔のせいで若く見えるし、口調もわざと軽薄にしてるようだけど、ワインをたしなむ姿は大人の貴族男性っぽい風格があった。


「しかし……」

「ほとんどの女性は、少しでも美しくいなきゃいけないっていう一種の呪いにかかってる。他人と比べてもしょうがないのに、比較しては苦しんでる。これはルカにもすぐは解けない」

「そうなのか」


 どこで知ったのか、ジルは世の女性心理をわかっているようだった。私は何度も頷く。明確に意識したことはないけどその通りだ。


「ルカに話したことないけどさ、僕の母さんもまあまあ美人なのに、この呪いにかかってたんだって。美人と言われたらもっと美しくならなきゃと苦しくて、言われなかったら自分に価値がないようで苦しい。魔女でも解けない呪いを抱えて森の奥に暮らしていた」

「ほう」


 途中でジルの話の結末に気づいた陛下がにやっと笑った。私も予測できる結末にはらはらする。ジルの母とは、輝石の魔女だ。


「そうか。我らが父上が、輝石の魔女にとっては呪いを解く王子様だったんだな。そのときはもう皇帝で結婚もしてたが、何年もかけて彼女に愛をささやいたんだろ?」


 喉の奥を鳴らして陛下は笑った。


「そうなんだ。ルカからすると面白い話じゃないと思うけど……」

「いや、いい話だ。それでジルが生まれたんだから。つまりこの呪いは、真実の愛でしか解けないんだな」


 勢いよく、陛下が私に向き直った。緑の両目が輝いている。


「サーラ、そういうことだ」

「どういうことですか?」

「私は父上に似てしつこいんだ。お前が自信を持てるまできれいだ、美しいと言うからな。いや、死ぬまで言い続けよう」

「どんな宣言ですか……」


 酔いが加速度的に回ってきたせいか、顔がすごく熱かった。恥ずかしくて視線を落としてしまう。


「こうして私が知らない父上の話を聞けるのも、サーラがいるからだな。ジル、後ろめたいと思わなくていいからもっと聞かせて欲しい」

「いいなら言うけど。僕はある程度の年齢まで、父さんが皇帝って知らなかったよ。平民みたいな服を着て母さんに会いに来てたから」

「はは、それは見てみたかった」


 陛下とジルが別の会話を始めたので、私はそちらを聞きながら食べることにした。穏やかな夜だった。

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