式の準備と、計画と
初夏を向かえた庭園は淡緑色をした、スノーボールという花が咲き誇っていた。人が居なくなった辺りで、無言で私の斜め後ろを歩くベラノヴァ団長を振り返る。
「ごめんなさい、折角帰還したのに私の護衛なんてつまらない任務をさせて」
「何をおっしゃいます。私は出発前に誓いました。必ずや無事に帰還して、あなたの護衛の任につくと。ついに本物の、美しいサーラ様の姿を拝めましたし、この光栄に浴して幸福の限りですよ」
ベラノヴァ団長は私に対してすごく丁寧な言葉を使ってくれた。これは本当に改心しているのかもしれない。少しだけ、慇懃無礼な気もするけれど。
「でもベラノヴァ団長には近衛騎士団の団長としてのお仕事もあるでしょう、私が陛下の執務室にいる間は付いて頂かなくて結構です。あとで予定表を作って渡しますね」
「お心遣いに感謝します。ですが私をおいて危険な行動はしないで下さい」
責められるのは私だとでも言いたげにベラノヴァ団長はしっかり釘を差してくる。私のこれまでの、無謀な所業を知ってるからだろう。そしてまた、温め始めた計画があった。
「……では手伝ってくれますか? 皇太后陛下の離宮に忍び込みたいと思ってはいます。アントニオと接触してみたくて」
銀色の睫毛に覆われた瞳を細め、ベラノヴァ団長は首を振る。
「手伝えません。先に陛下に相談して下さい」
「却下されるに決まってます」
「そうでしょうね」
「でも、私が陛下から任された慈善事業は成功しますよ。自信があります。そうすると皇太后陛下は追い詰められて、小さなアントニオをいじめるかも」
「まずご自分の身の心配をしてください」
ため息をついてベラノヴァ団長は私の前に回り込んだ。この人は背が高いし、筋骨隆々で圧迫感があった。反射的に横にずれようと踏み出しかけた足が、何かに引っかかる。
「えっ?!」
私は前のめりに倒れそうになり、ベラノヴァ団長の逞しい腕に抱き留められた。
「ほら、転ぶところでしたね」
「な……?!」
急いで身を離して私は周囲に人がいないか確認した。幸い、見えるところに人はいない。ルカルディオ陛下と婚約したばっかりなのにベラノヴァ団長に抱きついたと思われたら大変だ。
「今、魔法を使いましたか?」
「サーラ様に断りもなく魔法を使うなんて失礼はしませんよ。ただ、足元の地面には使いました」
悠然とした態度で、私を置いてベラノヴァ団長は歩み始める。
「こうやって罠などいくらでも仕掛けられるのです。これから少しずつサーラ様に護身術を教えていきましょう。もしどこかに潜入するとしたらそれからです」
楽しそうなベラノヴァ団長の声に私は腹が立った。やっぱりこの人は少し危ない気がする。
紫水晶宮には、私が実家から連れてきた侍女が二人いるので着替えを手伝ってもらって、すぐに主宮へと戻った。
ルカルディオ陛下の執務室に入る直前、私は中から漏れ聞こえる女性の話し声に驚く。ここから女性の声が聞こえるなんて初めてだ。なにやら親しげに話し、盛り上がっているようだった。
「失礼します。戻りました」
ノックはしなくていいと言われてるので声がけして入室した。中央にある陛下の大きな執務机の前に、女性が3人も立っていた。皆一斉に振り返る。
「あら、この方が陛下の婚約者様?!」
「まあ本当にフォレスティ卿にそっくりですわ」
「お美しいのに、どうして近衛騎士の制服を着ていらっしゃるの?」
声は甲高いが、女性たちは40代くらいだった。この国最初の女性文官じゃないか、と私は思い当たる。
「サーラが怯えているだろう。自己紹介をしてやれ」
陛下は命令型だけど、口調は穏やかだった。
「やっとお目にかかれて光栄ですわ、サーラ様。私のことはアレッシとお呼び下さい」
「コンテスティですわ」
「テルミニです」
名前を聞いて確信した。先帝陛下に重用されていた頭脳明晰な侍女たちだ。女性嫌いであったルカルディオ陛下が身近に置けないので文官として再雇用し、今や職業夫人を目指す女性の憧れ。私が猛勉強したきっかけにもなった存在を前に私は興奮した。
「私こそ、お会いできて光栄です。文官として活躍されているというお噂は以前から耳にしておりました」
私が挨拶をすると3人はまたキャアと甲高い声をあげた。何だか思っていた知的な女性像とは違う。陛下は少々、気の遠くなったような目付きになった。
「サーラ、彼女らの娘を侍女として受け入れてくれるか? 信頼できるし、結婚式の準備に関しても詳しいから」
「そういうことですか。ありがたいです」
先帝陛下の結婚式の記憶があるお三方は、今や文官として忙しい。でもその令嬢たちが手伝ってくれるなら、全く知らない人たちよりはいいだろう。仕事が早い陛下は着々と結婚の準備を進めてくれていた。
「よし、おおまかには儀典官が指揮を取るが、サーラの身の回りはその侍女に任せる。ではお前たちは下がっていいぞ。久しぶりにその高い声を聞くと頭が痛くなる」
お三方は陛下にそう言われて尚、高笑いをする余裕っぷりだった。子供の頃は陛下の面倒も見てたのかもしれない。陛下が彼女たちを辞職させられなかった理由の一端を知った気分だ。
しきりにご機嫌ようとかまた改めてと長い挨拶をして、彼女らは退室した。嵐が過ぎ去った、と皆が息をつく。
「陛下は侍女を身の回りにおかないのですか?」
私の思いつきの質問は、静かな部屋でやけに響いた。ルカルディオ陛下は女性嫌いが治った今でも、身の回りの世話は男の侍従に任せている。
「どう考えても、同性の方が気楽だ。女性を使いたがる世間が間違ってる」
「そうかもしれません」
陛下の答えに私は安心しながらも、後ろめたさを覚えた。陛下は本当に全く、ほかの女性に接触しようとしないのに、私はさっきベラノヴァ団長にぶつかってしまった。
「サーラ」
「はい?」
いつの間にか、苦悩で頭がいっぱいになっている私の目の前に陛下がいて、顔を覗き込んでいた。
「隣室に仕立て師を呼んでるから、結婚式用のドレスを頼め」
「ドレスですか?」
「式は近衛騎士の制服というわけにいかない。馬車に乗って目抜通りを行進し、国民に愛想を振りまくんだ」
「そうですね……国民の気持ちを発揚しますものね。経済効果もすごいですよね。母が記念品のコインとか旗とか、たくさん持っています」
まさか自分があれになるとは夢にも思わなかった。想像しただけで、主に緊張で心臓が高鳴る。
「ああ。宝飾師も呼んでるから、ティアラも好きなものを発注してくれ」
「ありがとうございます……」
女性用の王冠、ティアラ。そんなの私に似合わないんじゃ?訳もわからず、私は隣室へと赴いた。後ろからベラノヴァ団長がついてくる。
「団長、ここは安全ですからお仕事に戻っていいですよ」
「こう見えて私は服飾に詳しいのです。政務でお忙しい陛下に代わって、相談に乗りましょう」




