復帰する近衛騎士団長
「ベラノヴァ団長は一連の入れ替わりの関係者でもあるし、サーラを守るにはベラノヴァ団長が最適任だからな。彼は魔法も剣技も使える。総合するとこの国で一番の強さだろう」
私を諭すようにルカルディオ陛下は言う。
「もちろん、剣技だけならバレッタ卿が一番だが……」
「陛下、私のことはお気になさらずおっしゃってください」
その通りだと頷いているバレッタ卿の切れ長の赤い瞳は、ほとんど魔法が使えないことを表している。
「私は自分で魔法が使えるから、剣技と観察眼に優れたバレッタ卿が適任なんだ。むしろバレッタ卿は観察眼、人格、教養と魔力を補って余りあるものがある。しかしサーラは魔法をほとんど使えないし、剣技は達者だが筋力はどう見ても弱い」
「そうですね。あの決闘は偶然の勝利でしたし」
「いや、サーラの瞬発力は素晴らしいと思う。喧嘩をしたら私などすぐ頬を張られる」
陛下の冗談に、皆和やかに笑った。
陛下もこの部屋の誰も、私とベラノヴァ団長の密室の会話を知らない。ベラノヴァ団長はかつて、私を子犬のようだとか、躾てやりたいとかちょっとやらしい物言いをしてきた――なんてやきもち焼きの陛下には口が裂けても言えなかった。あのことはお墓まで持っていこう。波風を立てないのが一番だ。陛下と婚約した私にもう変なことは言ってこないはず。そう思った。
サーシャだけが意味ありげな視線を送ってきていた。サーシャはベラノヴァ団長に付きまとわれていたから、心配してくれてるのかもしれない。
「サーラとサーシャの憂慮はわかるつもりだ」
私たちの無言のやり取りに勘づいて陛下は目を細める。
「だが一度失敗したものは強い。ベラノヴァ団長を向かわせたカルタローネ領の火薬廃棄作戦においても、彼は少人数で難しい任務を成功させて来た。それだけの実力者なんだ。サーラの身の安全を最優先としたい」
「僕が、ちゃんとベラノヴァ団長を監視するよ」
ジルが気楽な調子で割り込んでくる。ジルが間に入ってくれるのは心強かった。
「わかりました。では、ベラノヴァ団長に付いてもらうこととします。話は変わりますが、陛下」
「うん?」
「身の安全を第一にするなら、やっぱりドレスは動きづらいし窮屈なのですが男装したらダメでしょうか……」
皆が改めて私を眺めるのを感じた。薄紫のドレスは袖が膨らみ、スカートの裾も大きく広がっている。靴はハイヒールだし、足が見えないようギリギリの丈なので段差があるところは引っかけないよう、裾を持ち上げなければいけない。
「そんなもの、サーラの好きにしたらいい。サーラがどんな姿でも私はあい……」
「いいんですか?! ありがとうございます!」
陛下が恥ずかしいことを口走りそうだったので私はかき消すようにお礼を述べる。
「……ああ。さっきから思っていたが、サーラのドレス姿は美しすぎる。文官がみんな見とれていたではないか。背後からの視線を感じなかったか?」
「違うと思いますけど」
「絶対そうだ。しかし長く女性嫌いだったせいで私の周囲は男しかいないし、サーラは狼の群に紛れ込んだ羊のようで胸がざわつく……そうだ」
名案を思い付いたかのように、陛下の翡翠色の瞳が輝いた。
「サーラを私の近衛騎士団に入れよう。そうしたら、あの制服が着られる」
「え?」
あの制服とは、昨日まで私が着ていた近衛騎士の制服だろう。だけど――
「私は入団の際の体力試験に受かりませんよ」
サーシャの試験を聞いているので知っていた。重量上げとか、持久走だとか苛酷な内容だった。剣術を長くやってきているけど、私に鍛え上げた男性並みの体力はない。
「そんなもの、特別に免除に決まっている。近衛騎士団は私の私兵だ。私が決めることに誰も文句は言わせない」
陛下はニヤッと笑う。
「未来の皇后が近衛騎士など、前代未聞ですな」
バレッタ卿は苦笑していて、批判の響きはなかった。
「女王制の国では、女王の夫……王配が騎士団長を務めるという。そうおかしな話でもあるまい」
「ありがとうございます……! とても嬉しいです」
「流石に団長には任命できないが私の妻になるものだ。役職を新設しよう。広報幕僚だ」
「格好いい。いいなあ、サーラ」
サーシャが羨ましそうに呟いた。広報幕僚が何をするかわからないけど、私もその響きに魅了された。近衛騎士団、広報幕僚サーラ・フォレスティ。すごくいい。
「最高の婚約記念です。ありがとうございます、陛下」
「私にあげられるものは、なんでもやると言っただろう。ほかに欲しいものがあったらすぐに言うといい」
「も、もう十分です。むしろどうやってお返ししたらいいのか……」
私の男装を許し、近衛騎士団への入隊させてくれ、役職までつけてくれた。これ以上は望めない。
「私はサーラの笑顔さえ見られればいいが、そう思ってくれるなら広報幕僚の任務をこなしてくれ。具体的には、慈善事業だな。近衛騎士を引き連れて養護院などに出向き、帝国中にサーラの存在を広めるんだ。次期皇后は、この帝国の弱者に手を差しのべる優しき存在だと」
「なるほど、国民の間で婚約者のサーラ様の人気が高まれば、当然陛下のご威光も高まりますし、皇太后派の勢いを削ぐ形になりますな」
バレッタ卿が絶妙に合いの手をいれる。陛下は頷いた。
「皇太后は、予算だけもらって慈善事業など一切やってきていないからな。自業自得とはどういうことか身を持って知ってもらおう」
陛下は喋りながらも、形の良い頭の中で更に計画を詰めているようだった。知ってるつもりだったが、陛下は本当に明敏な頭脳をお持ちだ。武器を使わず、誰を傷つける訳でもなく皇太后を追い詰める作戦は素晴らしく、惚れ惚れしてしまう。
「じゃあ私は服を着替えて来ますね!」
「いや待て。隣室にベラノヴァ団長を待たせてるから、一緒に移動してくれ」
「そうなんですか?」
「ああ、全て聞かせている」
窮屈なドレスを早く脱ぎたくて急ぐ私を陛下が制した。
「ベラノヴァ団長、聞こえているのだろう? 入室を許可する」
陛下がお声がけすると、すぐに横の部屋と繋がる扉が開いた。執務室の隣は、簡易の応接室になっている。
「拝聴しておりました」
ベラノヴァ団長は魔法か何かで全部聞いていたらしい。久しぶりのベラノヴァ団長は褐色の肌に映える銀色の髪、長身で広い肩幅などは当然変わっていない。だけど以前とは雰囲気が全然違っていた。甘く華やかなものではない。実際の匂いではないけど、血と煙のようなものを纏っていた。
私が子供の頃、まだ現役の騎士だったお父様が遠くの地で反乱を収めてきたときに似ていた。戦場帰りの匂いだ。
「サーラ様、お久しぶりですね。私からも婚約のお祝いを述べさせて下さい。おめでとうございます」
「ありがとうございます」
本当の姿で会うのは初めてだが、私に向かってベラノヴァ団長は微笑む。怖がらせないようにしてくれてるのかもしれない。
「陛下、罪を犯した私にサーラ様を護衛する栄誉を頂けますこと、心より感謝いたします。この命に代えても、必ず守り抜くと誓います」
「うむ、頼んだぞ」
でもなかなか重いな、ベラノヴァ団長に常に付き添われるのって――団長が陛下に膝をつき、誓いを立てるのを見てそう思った。
私は着替えをするため、ベラノヴァ団長を伴って二人で紫水晶宮まで歩いて行かなければいけない。




