036 危機迫れど警鐘は鳴らず
「おいタラ。お前、何やってんだ!? 聞こえてるなら戻ってこい」
タイフーン号のブリッジで、留守を預かっているラニーが焦った顔で通信機にそう叫んでいた。
何しろオーバーホールから戻ってきたブルーバレットをタラが勝手に操縦して、飛び出していったのだ。
いつも通りにハンガーから離れて出ていった姿はあまりにも自然でルッタが出ていったようにしか思えなかったラニーだが、ルッタは現在闘技場で試合中のはずで、慌てた整備班からの通信でラニーはようやく事態を把握した。
とはいえ、彼の取れる手段は少ない。
レッドアラームはまだオーバーホールから戻ってきておらず、ライムフィンクスはチェック中ですぐには動かせない。また共食い整備中のツェットは甲板の上でバラバラの状態だ。当然のことながらフレーヌは、リリがいないので扱えない。
これで暴走して町中で暴れ出しでもすれば、ハンター組合に鹵獲要請の連絡を入れるのだが、幸いまだそうした状況ではなかった。なのでラニーに今できることは通信での説得のみであった。
「おーいタラちゃーん。怒らないから戻ってきなさーい。今ならまだ間に合うぞー」
タラは喋れこそしないが、人間の言葉は理解できている。なので、説得は十分に効果のある手段ではあるはずなのだ。
(不味いなぁ。タラがアーマーダイバー操縦できるなんてバレたら……それで暴走するなんて話になれば、殺処分はないにせよ、研究所送りは十分にあり得る)
監督不行き届きと言われれば言い返せない。
ラニーもタラとの付き合いは長くはないが、絆される程度には可愛がっていた。怖がらせてはいけない。落ち着いて、ゆっくりと子どもに道理を説くようにラニーは語りかけた。
「タラちゅわーん、戻ってきてくれないかにゃぁ?」
『え? 何この声? 副長……かな? 気持ち悪い声出して何してんの?』
そして突然、辛辣な言葉が返ってきた。
「気持ち悪いって。ルッタ、テメェ。俺がどんな気持ちで」
ブハッと笑う声がブリッジ内に響き渡る。
状況が状況だけに笑うわけにはいかなかった彼らもルッタの言葉を聞いて、一気に吹き出してしまったのだ。それにラニーが怒鳴りかけようとしたが、ブルーバレット側からの通信音に銃声が聞こえたことで、笑い声もピタリと止まった。
『ふざけてるなら切るよ。こっちは……クソッ。あのデタラメな機動力。あいつら、中に人間が乗ってないな』
ルッタの声に余裕がない。状況は不明だが、何かヤバいことが起きているのはラニーにも分かった。
「ルッタ。何が起きてる?」
『闘技場が襲撃されてるんだよ。艦長たちも狙われた。敵は……アーマーダイバーじゃない。マキーニ。深海人の人型兵器だ』
「ハァ?」
ラニーが目を見開き、驚きの声をあげる。
「そんな連絡、来てねえぞ」
『やっぱりそうなんだ。後から来たブルーバレットはともかく、他のアーマーダイバーは無力化されてる。多分、アレは魔導具の動き自体を阻害する……広域型の兵器……ああ、もう。戦闘に集中する。どこでもいい。応援を連絡して。闘技場に敵がいるんだ!』
そう言ってルッタからの通信が途絶えた。
「副長?」
「聞こえたな。もう動いてるかも知れねえが、ハンター組合と天領側にも連絡だ。それと戦闘員を集めろ。間に合うか分からんが、ともかく俺たちも闘技場に向かう。急げッ」
「「「はいッ」」」
ラニーの指示で全員が一斉に動き出す。
そしてラニー自身も闘技場に馳せ参じるために席を立って、ブリッジを出ていく。
ラニー・イット。彼は風の機師団の副長にして、荒事の方面でテオの後継として育てられた男だ。つまるところ、対人戦のスペシャリスト。けれどもそのラニーの顔は冴えない。
(タラちゃんが出ていったのはルッタの危険を察知したからか。だが、今の通信のルッタの声に余裕はなかった。オリジンダイバー五機に勝ったアイツが? そんな相手があり得るのか?)
一体何が起きているのか。
ラニーはギアたちの無事を祈りながら、仲間を率いて闘技場に向かい始めた。そして闘技場では……




