034 急転の雨
『あー、負けた負けた。正面から真っ向勝負とか。完全に負けたわ。クソッタレ』
ルッタの勝利のアナウンスが闘技場内に流れた後、ギンナ機からはそんな声が漏れた。もっとも悪態はついているものの、その声にネガティブな感じはない。己の力を出し切った末の敗北。悔しさはあっても、納得はできていた。
「いやー、ギンナさんも強かったよ」
『うっせ。強すぎんだよお前は……まあ、その……なんだ』
「うん?」
『悪かったな。最初の時に変な言いがかりつけてよ』
その言葉にルッタは笑いながら「別にいいよ」と返した。
「ギンナさんは間違ったこと言ってたわけじゃないし、俺も勉強になった。それにギンナさんのいう剣闘士に……俺は成れたでしょ?」
『ハッ……当然だ。俺に勝ったんだ。お前は立派なグラディ……!?』
「ギンナさ……あ、何!?」
ギンナとルッタが同時に何かに気づき、ルッタの表情に焦りの色が浮かぶ。それに気付いたギンナが『チッ』と舌打ちをしながらラゴウを操作し、アヴァランチの前へと飛び出した。
「ギンナ!?」
「試合が終わったのに攻撃?」
「なんと卑劣な」
「違う。上だ!?」
その様子に観客席から悲鳴が漏れる。
突然のギンナの行動がアヴァランチへの攻撃に見えたのだ。けれども、その認識が間違いだとすぐさま全員が気づいた。何故ならばギンナの行動はアヴァランチへの攻撃ではなく、アヴァランチを守るためのものだったのだから。
「ちょっと、ギンナさん!?」
『動けねえんだろ。だったら任せろ』
ルッタたちの瞳には、上空より落ちてくるものが映っていた。それは全長3メートルを超える巨大な鉄の箱だ。
(何あれ? 駄目だ。機体が)
ジャッキー流拳術『破城槌』の負荷によりアヴァランチは未だ動けない。あの一撃はルッタにとっても背水の陣だった。機体負荷を踏まえての最適化も行えていない、まだ完成してない技を使ったためにその負担も大きかったのだ。
だからギンナもそのことに気付いて、ルッタを庇う動きをとった。
『ハッ、俺のドリルはまだ四本もあるんだぜ。あんなもん砕き切ってやらぁ!』
そのギンナの声に呼応するかのように、落下中の箱から一斉に小さな何かが射出され、闘技台へと雨のように降り注ぐ。
『おいおい、マジかよ!?』
目を見開かせたギンナが、それでもラゴウのドリルを猛回転させ、落ちてきたソレらを破壊するとその場で無数の爆発が起きた。
(まさか、アレってコンテナミサイル!?)
ルッタ自身は見ていないが、アンカース天領奪還作戦時に、ランクCクランの使用した遺跡兵器が似たようなものを使用したらしいと聞いている。
ひとつの巨大なミサイル内に無数の小型ミサイルを詰めて、雨あられのように放つ広域型の射出兵器。それがアヴァランチを護るラゴウへと降り注いだのだ。
『舐めんじゃねぇえ。コイツはやらせっかよォォオオ』
爆発の中でギンナが叫ぶ。次々と閃光と爆音が発生し、ギンナ機がローラーを全力で回転させながら機体を踏み止まらせ、ドリルの回転ですべての小型ミサイルを落としていく。
そして瞬きを数度する間ぐらいの、けれども永遠にも等しい時間の後にようやく光と音が止み、すべてのドリルが砕けたギンナ機が、煙を噴き上げながらその場に崩れ落ちた。
「ギンナさんッ」
『ぐ……』
ルッタの声にラゴウの内側からギンナの呻き声が聞こえた。
『ツゥ……騒ぐなルッタ。生きてるよ、オリャァよぉ』
無事とは言えなさそうだが、確かにハッキリした声の返事に、ルッタが安堵の息を吐いた。
「あ、ありがとうギンナさん」
『うっせぇ。俺に勝ったヤツをこんなクソみたいなのにやらせたくなかっただけだ。ソ……りも……るぞ』
「!?」
けれどもスピーカーからの声がノイズとともに途絶えていく。その様子にルッタが焦りの表情でアームグリップを引いた。
「ギンナさん? やられ……いや、これは!?」
アームグリップを動かしても、フットペダルを踏んでもアヴァランチの操作ができない。ルッタはすぐさま、その事実に気付いた。
(アヴァランチが完全に動かなくなった? やっぱり無理をしすぎて……いや)
水晶眼の投影も消えたことに気づいたルッタが、慌てて胸部ハッチを開けて外に飛び出した。
「ああ、やっぱり」
そしてルッタが見たのはボロボロの闘技台とアヴァランチを庇うように機能停止したラゴウ……だけではなく、会場内での警備のために用意されていた機体とVIPルーム周辺にいた天領軍の機体までもが機能停止している光景だった。
(通信の不調も、アヴァランチの停止も妙だとは思ったけど……機体が止まったのはギンナさんと俺の機体だけじゃない? まさかあのミサイルは直接的な攻撃が目的ではなく、EMP兵器みたいなものだった?)
EMP兵器とは風見一樹の記憶にある、強力な電磁パルスを発生させて電子機器を破壊する現代兵器の一種である。今の攻撃がソレと同じ原理によるものではないだろうが、少なくともルッタの視認できる限りのアーマーダイバーはすべて機能停止しているようだった。
またラゴウの機体もドリルこそ砕けたが、受けたミサイルの数にしてはダメージが少ない。先ほどの数のミサイルが当たったのであれば、この程度のダメージで済んでいるのもおかしな話だった。
「あのコンテナミサイルは直接的な攻撃ではなく、この場の機体を活動停止させるものだったってことか。じゃあ狙いは?」
「おいルッタ。どういう状況だ?」
「あ、ギンナさん」
血まみれのギンナが、ラゴウの胸部ハッチを開けて出てきたのを見て、ルッタは安堵する。ギンナも負傷はしているが無事なようだった。
「それが俺にも……あ、ハァ? 戦闘機?」
「ん?」
ルッタの視線の先へとギンナも目を向けると、ギンナは目を見開いて声を上げた。
「ハァ? なんじゃありゃ!?」
そして空より飛来するのは、風見一樹の記憶の中にある戦闘機の姿をした何かだった。
それは三機あり、その内の一機がコンテナミサイルを撃ったのだろう。だがギンナたちの驚きは、ただ小型の戦闘機がその場に現れただけでは収まらない。
「え? 変形した?」
3機の戦闘機が空中で変形をして、ホバリング状態のまま、人型兵器に変わったのだ。
(アレってどこかで見たことがある?)
ルッタはその人型兵器の形状に見覚えがあった。
それはかつて竜雲海の下にある遺跡に行ったときに目撃したものだ。
『サイズがひと回り小さいだろ。アレ、深海層の深海人が使う』
アーマーダイバーよりも、より機械的な姿。遺跡に同行したナッシュが口にしたその機体は……
「マキーニ?」
かつて深海層で見た残骸にもよく似た機体だった。そして……
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『キーーーーーーーー』
蒼き蜘蛛が咆哮する。
相棒の危機を察知して、いざ行かんと猛る想いを声にして、青と黒の機体がタイフーン号から発艦し、闘技場へと飛び立っていった。
「班長、ブルーバレットが勝手に飛んで行きました」
「は? あの蜘蛛、何しとるんだ!?」
「た、タラちゃーーーんカムバーック」
居残り組の整備班、混乱中。




