030 カーヴァスの民
「ふぅ……ふぅ。ああ、疲れたー」
「お前、また無茶しやがって」
ガレージ内でコーシローが、アヴァランチの胸部ハッチを開けてルッタを引き摺り出すとムワッとした汗の匂いがコックピット内から漂ってきた。ルッタ自身の消耗した様子といい、それは過去三日間の連続試合ではなかったことだ。
「まあ、これが本来の剣闘士ってヤツかもしれないけどな」
コーシローがやれやれという感じで、そう口にした。
実際、通常の剣闘士の試合とは元々こうしたものだ。自由に動き回れる竜雲海とは違い、近距離戦で神経をすり減らしながら、避け、守り、打ち合う。その度に起きる衝撃は身体を消耗させ、ダメージを蓄積させる。武装も非殺傷レベルに抑えているため、試合時間も長引くことも多く、乗っている人間の消耗も相応に激しくなる。
それこそが剣闘士の日常であり、ルッタはようやくそのステージに辿り着いたと言えるのかもしれなかった。
「いやー。途端にアヴァランチの動きが良くなったから、楽しくなってきちゃって」
「はいはい。今日で連続試合も終わりだから良いんだけどな。集中力切らせば、あのシエラって女みたいに転んで自爆もあり得るぞ」
「あはは、ないとは言えないねー。けど、剣闘士ってのは、そういうもんなんでしょ」
「アレは極端だと思うが……まあ、そうだな。行きから帰りまでがお仕事のハンターとは違い、相手はひとり、勝つか負けるかの明確なゴールが見えているのが剣闘士だ。だから一戦一戦に全力で挑むし、連戦をせず、試合と試合のスパンが長いのもそのためだわな。次の試合のために体力を残しておくことを前提にしていたルッタの戦いは剣闘士としては邪道だったのかもしれないな」
「一応、今日は体力を残さずにって感じで頑張ったんだけどね。明日は試合はできないねえ」
ルッタがそう言って、大の字になって床に倒れ込んだ。流れ出る汗の量がルッタの言葉を真だと告げている。堅実な戦いからスタイルを一気に高機動戦に変えたために集中力が必要になったし、何よりGのかかり方が幼い体にはキツイものがある。
「あー。やっぱりイシカワさんのヘッジホッグの装備みたいなのが欲しいなぁ。でもアヴァランチの出力的に余裕はないかぁ」
「検討はしてみるが難しいだろうな」
ヘッジホッグのバックパックウェポンは六つのブースターがついているヘキサブースターと呼ばれるものだが、重力制御が付与されており、あの変態的な高機動であっても身体的な負担は少ない。もっともそれは高出力型だからこそ許されるものであり、量産機でそこまでの機能を積め込むとなるとどうしてもリソースの問題が出てくる。
ただでさえ量産機で出力差がある上で、快適性を選んで機体性能を落としては意味がないのだ。
「試合自体は基本短時間なんだ。この際、ガッチリロールケージを入れて、衝撃も抑えるようにクッションも追加しておくぞ。ただ、このスタイルで戦うなら連続試合みたいな無茶は今後無しだな」
「そうだね。まあ序列上位との試合の権利までは手に届いたんだし、あとは上位の誰かと戦えば良いんだよね?」
ルッタの問いに、コーシローが少しばかり苦笑しながら口を開く。
「ああ、それな」
「うん?」
「序列二位のギンナ・エルゴが試合を申し込んできたぞ」
「え、ギンナさんが? へー。そうなんだ」
少しばかり驚いた顔をしたルッタだが、けれどもすぐさま目を細めて不敵な笑みを浮かべた。
「どうする?」
「もちろん受けるよ。元々序列上位と戦うのが目的だったわけだし。それに」
ルッタとしては、シーリスのようにギンナを嫌ってはいないし、その行動にも一定の理解がある。もっともな反応だとすら思ってもいる。それにあの試合拒否があったからこそ、今があって、剣闘士としての闘いもしっかりと身につけられたのだと分かっている。それが大きな自身の糧になったということも。
ただ、それはそれとして……
「拒絶したあの人をようやく引きずり出せたってことだからね。戦えるのが楽しみだよ」
元より上位の誰かと戦ってクロスギアーズの参加条件を満たしたとしても、ギンナとは闘り合うつもりだった。ルッタは聖人でもなく、港町育ちの彼は上品な生き方など学んだことはない。だからルッタは、相手の言葉を全て飲んだ上で正面からギンナを叩きのめすことを、ケジメを付けることを望んでいた。
そしてルッタとギンナの試合が決まり、シェーロ大天領内が湧き上がる一方で、とある場所では密やかな企みが進行していた。
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「ティッサ、アレについて何か分かりましたか」
「はい。リリ・テスタメント。彼女はハンタークラン『風の機師団』のメンバーとして登録されているオリジネーターです。現在はこのシェーロ大天領の領主ミド・シェーロニアの元で客人として滞在しているとのことでした」
そこはシェーロ大天領の港町にある宿屋の一室。その中では坊主頭の神官風の男と、エキゾチックな風貌の少女のふたりが向かい合って話し合っていた。
そしてその少女は港町によくいる庶民の服装をしていたが、その額には親指ほどの赤い宝玉が付いていた。
「アレは第一世代のようですが、やはりアレもまた役割を放棄している……いや、すでに契約は終わっているのだから役割などもはやないのかもしれませんが」
坊主頭の男がフフ……と笑った。けれどもその表情はどこか作り物じみていた。
「まあ、蟲の動向を窺っている時に見つけられたのは偶然とはいえ、何かの導きやもしれませんね」
「彼女は特別なオリジネーターなのですか?」
「ええ、ティッサ。その可能性はあります」
その言葉に、ティッサと呼ばれた少女が目を細める。
「現状ヘヴラトという国もどきは本来の役回りを見失ったカラーズが治めている。その領主がかつてアトラスピラーで行ったというレースシフト。それを彼女であれば代わりに行えるかもしれません」
「であれば、確保をしますか?」
少女の問いに男が頷く。
「場合によっては今後の展開、或いはすべての状況を好転できるかもしれません。ティッサ、イカロスを使い潰しても構いませんので、捕獲に動いてください」
「承知いたしました」
ティッサがそう言って深く頭を下げると、男は苦笑をした。
「そう畏まらないでください。正統なる大地の民『カーヴァス』の子ティッサ・アライアよ。別に私とあなた方は主従の関係ではないのですから」
その言葉にティッサが「いいえ、いいえ」と口にして、首を横に振った。
「貴方様は特別なお方。貴方様はただ這いずるだけの地虫に過ぎぬ我らに生きる意味を与えられた。貴方様は天上人に奪われ続けた哀れなる我らに希望を与えられた。すべては貴方様の慈悲故に。すべては貴方様の導き故に。故に我らはかしずくのです」
ティッサは狂信的な視線を男に向けながら、こう口にして、恍惚とした笑みを浮かべた。
「イシュタリアの裁定者様」
【用語集】
カーヴァス:
深海層と呼ばれる、本来の地上に住む人々の失われた種族名である。通常は深海人と呼ばれている。
彼らは天上人、すなわち天領に住む人間によって日々狩られ、殺され続けている。それを行なっているのは一部のハンターや空賊であり、カーヴァスの民は一方的な被害者であり、また彼らの存在は事実として有効であるが故に救いもない。
各天領でも頭を悩ませている問題だが、情報を封殺して被害の拡大を防ぐ以外の打開策はなく、カーヴァスの民自体が彼らの領民でもないので消極的な対応をとるしかない……というのが天領側の現実であった。
カラーズ:
オリジネーターは後世に付けられた名称であり、イシュタリア人はオリジネーターをカラーズと呼称していた。
色(color)ではなく首輪(collar)。大分類としてはマキーニ、小分類としてはカラーズとし、それはイシュタリア人に対する首輪という役割を意味している。
カラーズはイシュタリア人に生み出された人造人間であるにもかかわらず、社会基盤全般を担い、一般的なイシュタリア人の支配すらも委ねられた上位存在であった。




