029 挑戦権
「つー。まだグラグラしやがる」
ギザ・ランヂがそうボヤきながらソファーにドサっと座った。
試合終了後、ルッタの攻撃で全身打撲となったギザは搬送されて医療室に運ばれていた。
闘技場での魔導兵装の威力は非殺傷レベルにまで落とされてはいるものの、攻撃を受けたのがコックピットの近くであったことと、機体の加速による威力向上の相乗効果で、ギザはコックピット内で踊るように全身を打ちつけて負傷し、意識を失っていたのである。
もっとも闘技場にはそれなりの技量の癒術士が控えているため、ギザも安静にとは言われたもののすでに動ける程度には回復し、現在は剣闘士用のラウンジに来ていた。
「ギャハハ、包帯グルグルのギザが唸ってるぞ」
「おーおー。あいつ、ピンボールみたいに吹っ飛んでたからなー」
「ぶっちゃけ、マジで死んだと思ったわ」
このラウンジは、試合前後の、或いは今日は試合を組んでいない剣闘士やその関係者たちが集まり、試合を見ながら酒などを飲み交わして談笑する場であった。
ギザがこの場にやってきたのは、自分の試合を見た人間に話を聞きたかったのと、現在も行われているルッタの試合を自身の目で見ておきたかったからだ。
「死んだっつーか、意識は完全に落ちてたわ。なんで負けたのかも分かんねえ」
「あー、近距離だったし、死角からだったからなぁ」
ギザの言葉に周囲が頷く。
アーマーダイバーの視界はコックピット内の水晶眼と呼ばれるレンズと、同じように頭部パーツに埋め込まれた大型の水晶眼と同期させることで得ている。けれどもこの水晶眼の画角は狭く、人の視界ほど開けてはいない。故に頭部パーツの首を向ける前に真横から接近されると、乗り手側からは確認できぬままに攻撃を受けることになる。
「ギザ。テメェは真横から踏み込まれて脇腹を魔導手甲で打たれたんだよ。コックピット狙いだ。あのガキもえげつねえ真似するよな」
そう口にしたのはラウンジの一番前の席で観戦をしているギンナであった。その横には彼の恋人であるシエラも一緒に座って試合を観ている。
「ギンナ……そういうことかよ。あの小僧。打って変わって踏み込みやがって。一昨日まで全然違うじゃねーか。今まで遊んでやがったのか?」
ここまでのルッタの戦闘はワイヤーアンカーを使うトリッキーさや時折何かを試すような動きもあったが、全体的に巧さが目立つ一方で戦い方自体は堅実なものだった。だからギザがそう口にしたのもおかしいことではなかったが、ギンナは「違うだろうな」と返す。
「遊んでたってんならお前ん時の試合が一番遊んでたろうよ」
「んだと?」
眉をひそめるギザに、ギンナが蜥蜴人族特有の長い舌をチロチロとさせながら笑う。
「ソロドラゴンスレイヤー。アイツの噂は知ってんだろ」
「だ、だからなんだよ?」
「アイツは元々ドラゴンとも近距離でやり合う技量があるんだ。でも今までは闘技場での振る舞いをまだ理解できていなかったから慎重だった。連戦だから消耗する戦いができねえって事情もあるんだろうが、絶対に負けないように慎重に、堅実に戦っていたんだろう」
そのギンナの推測はある程度は正しい。
正確には負けないためではなく、より長く、消耗せずに対戦相手を観察するためにあまり派手には動いていなかった。剣闘士の戦いを学ぶためにルッタは試合を慎重に進めてきたのだ。ここまでは。
「んで、俺の時が一番遊んでるってのは?」
「闘技場での戦いに慣れ始めたんだ。シエラ辺りで機体も馴染んだんだろう。で、装備を整えて、お前ん時は機体性能を確かめる為にギリギリを攻めた」
「なんでギリギリって分かんだよ」
「試合後に、勝った当人がめっちゃ苦しそうにしてたからな」
勝利したというのに、試合後に胸部ハッチから出てきたルッタの顔には苦悶の表情が浮かんでいた。
ギザからの攻撃でダメージは受けていないが、急な加速や旋回がルッタの身体にダメージを与えていたのだ。
「試合でどこまで動けるかを試してたのさ。今最終戦だが、お前ん時が一番動いてた。多分ここまででお前がルッタを一番苦しめたんじゃないか。なぁ最速のシエラさんよー」
「うざー」
ギンナの問いに、8秒で試合の終わったシエラが不貞腐れた顔でそう返す。
彼氏から借金まみれの女は図太さが違った。
「ああ、そうだ。シエラ、テメェ。なんでお前のブースター、あいつに売ってんだよ!?」
「お金ないんだよねー。即金で払ってくれたから助かったよー。さっすが稼ぎの良い子供は違うよねー」
「このバカ、前の試合で背骨のフレームが逝っちまってな。それでアイツが同じようなブースターがないかって聞いてきたから、現物売っぱらったんだよ」
ギンナはルッタにチックフェザーを紹介した後、ルッタからブースターを売っている店を尋ねられていた。
もっともアーマーダイバーのブースターの需要はそう多くはない。そちらにリソースを回すのなら武器に回して火力を上げた方が飛獣相手では生存率が上がると言われているからだ。
そのため、必要があれば発注して数ヶ月かけてモノを受け取るのが普通であり、ルッタがギンナにブースターを売っている店を尋ねたのもダメ元ではあった。
「マジか。というかよギンナ。お前、あのガキとは対立してんじゃねーのかよ?」
「ハッ。コネだけでクロスギアーズ出ようって舐めたやつは嫌いだぜ。でも、見ろよ」
現在ルッタが闘技場で戦っている相手ダコール・イゾンは序列上位候補のひとりで、今期の試合運び次第では十分に上位を狙える実力を持つ剣闘士だ。
だが、彼はルッタとアヴァランチを前に苦戦を強いられている。接戦に見えてはいるが、ダメージはダコール機が一方的に蓄積されている状況だ。またギザ戦で見せた高機動戦闘が頭にチラつくのか、ダコールは自分からアヴァランチに対して踏み切れきれていないようでもあった。そして……
「今のあいつは剣闘士だ。俺があいつを認めなかったのはヤツが狩猟者であって、剣闘士じゃなかったからだ。どれだけ力量があろうと、ゾロさんの留守の間にそんな輩を認めるつもりはなかったからだ」
一瞬生まれた隙をついて、ルッタが再び回り込んで鳩尾に魔導手甲を叩きつけた。
(アレを喰らったのか)
吹き飛ぶダコール機を見て、ギザが眉をひそめる。加速した機体の重量を乗せた一撃は確かに強力だ。
「だが見ろよ。ヤツは自分で力を示した。だったら拒否する理由はねぇわな」
『勝者ルッタ・レゾン』
闘技場内にルッタ・レゾンの名が轟き、それはまるで闘技場全体が振動しているかのようであった。
自分たちではなし得ぬ熱量を受けて、ギンナ自身の頬を冷たい汗が伝う。だが浮かんだ笑みは崩れない。剣闘士の矜持がギンナをたぎらせる。
「これで四十試合勝利だ。序列上位……つまりは五位以上への挑戦権を得たわけだが」
「おいギンナ。どうする?」
序列四位のザンカが尋ねる。ルッタからすれば、序列上位はひとり倒せばクロスギアーズの参加条件には達する。加えて言えば、一昨日までの試合と比べて今回のルッタは明らかに消耗していた。
それは新たなルッタの戦闘スタイルが身体に負荷をかけるものであり、また単純に対戦相手の技量が上がって、苦戦こそしてはいないものの、まともな試合として成立し始めていたためだ。
本来闘技場の試合などは機体の修理や調整、乗り手の損耗などを考えて一週間に一回、早くて二日に一度組まれるのが普通だ。
ルッタの今の挑戦はルッタ側からこの天領の領主を通した無茶な要望で、闘技場側もトップダウンにより受けざるを得ない、受けたとしても途中で根を上げるだろうと考えて組まれたものだ。けれどもそれも今日で終わり。つまるところ明日以降はノープランであった。
「今ならヤツも疲れてる。明日にでも上位陣を集めて、連戦で挑めば消耗はさせられるが」
「バーカ。んなダセェ真似できっかよ。ゾロさんが聞いたら殺されっぞ」
そう言ってギンナが立ち上がった。
「アイツは俺の要望に応えて舞台に上がってきた。なら、こっちもそれに応えるのが筋ってもんだ」
「じゃあ?」
「ああ、俺が出る。バラン教官の拳を超えた俺がアイツをぶちのめす」
ギンナ・エルゴ。シェーロ大天領闘技場序列二位。そして鉄拳のバランより二つ名を受け継いだ螺旋拳のギンナとも呼ばれている殴り屋であった。なお……
(……なんかいい感じに言ってるけど、噂に踊らされて一方的に怒って断っておいて、悪びれなくよく言えるなぁ)
とはみんな思っていたのだが、空気を読んで誰も口にはしなかったという。
ツッコミを入れない優しさ。




