017 ヘモルロイデン
「チッ、ついにお出ましか」
「タイミングが良すぎますね艦長?」
「……そうだな」
タイフーン号のブリッジ内でギアとラニーがそう言葉を交わす。
ティタノス天領を出てすぐの暗殺者の潜入に、スカイフィッシュの襲撃。そしてタイミングを見計らってのゴーラ武天領軍の接近だ。
時間は早朝に差し掛かっていて、太陽も顔を出して視界も良好。タイフーン号にしてみれば暗闇に紛れて動くこともできない。あまりにも相手に都合の良すぎる展開であった。
(しかし、スカイフィッシュと連携しているかといえば……どうだろうな)
本当に協力関係にあるのならば、討伐にもカタがつきそうなこのタイミングで来るだろうか……とギアは訝しがる。スカイフィッシュの行動はどちらかといえば、足止めだったのだろうかと。
(まあ、ルッタとリリがいなけりゃ、結構なピンチではあったんだろうが……)
「あの数の戦艦の魔導砲弾を浴びれば流石に沈むな。速度を上げて距離は保てよ」
ギアがそう指示をしていると、通信が開いた。
『やあ風の機師団の諸君。久しぶりというべきかね』
その声は男のもの。そしてギアは声の主を知っていた。それは最初にゴーラ武天領軍に襲撃を受けた際にも聞いた声だった。
「……ゾッド・サーヴェントか」
『その声はギア・エントラン団長かな。覚えていてくれて何よりだ。お察しの通り、私は第七兵団『クリムゾンシャーク』の兵団長ゾッド・サーヴェント。要件は理解していると思うが、諸君らに預けてある荷物を返してもらいにきた』
「生憎だがアンタらから何かを預けられた覚えなんぞないんだがね、ゴーラの大将さん。勘違いってだけなら笑って見逃すぜ。このままUターンして帰ってくれないか?」
そのギアの返しにゾッドが『ふん』と面白くなさそうに鼻を鳴らす。
『つまらん冗談を言うのだなギア団長。それがハンター流かね?』
「ハンター流ならもっとお下品な言葉になるさ。ま、飛獣をけしかけたテロ組織と繋がってる八天領がいるってぇのよりゃ、笑えるだろうよ」
その言葉にゾッドはわずかばかり沈黙し、それから『くだらん言いがかりだな』と返した。
『ジナン大天領での意趣返しのつもりかね。幼稚な思考だギア団長』
「なるほどな」
ギアが眼を細めて、そう呟いた。ゾッドが口にしたのは、ジナン大天領の貴族の言いがかりに対してのものだろう。スカイフィッシュについての言葉とは考えてもいないようだった。
(これはどうだろうな? 少なくとも表向きはアルティメット研究会との共闘はしていないということだろうが)
ゴーラ武天領は傾向的に独善的かつ矜持を重んじる、貴族主義を先鋭化したような天領だ。例え自身らに後がないとはいえ、アルティメット研究会と協力関係にあるとはギアも思っていないが……
(協力関係ではないとすれば、アルティメット研究会は俺らを嵌めるために裏で動いてる可能性もあるか。アンカース天領とジアード天領のことで目をつけられた? それとも……いや、今は頭の片隅に置いておこう)
警戒は必要だが、目の前の相手からも目は逸らせない。
「それでゾッド兵団長さん。俺は冗談を言っているつもりはないぜ。この一年で学習してくれたと思ってたんだがな。また、痛い目見たくなければお引き取り願いたい」
『この数を前にそう言い切れるか。その余裕、どこまでもつか楽しみだよギア団長。まあ、良い。建前はもはや必要あるまい。渡さないのであれば雲海の塵となるだけのことだが……答えは変わらないのだろう、風の機師団団長ギア・エントラン?』
その問いにギアが「ハッ」と鼻で笑う。
「あったりめぇだろ。どこの海にテメェのクルーを売り飛ばす艦長がいるんだよ?」
『売り飛ばすのではない。返せと言っているのだよ盗人風情が』
「沸点低いぜ大将。一年の長旅ご苦労さん。席の座り心地はどうだい? そろそろケツと椅子がくっついて離れなくなってきたんじゃないのかい? それともあれかい。上に立つ者の慢性的な尻の病が悪化でもしてるからそんなにカリカリしてんのかね?」
ギアの次の言葉にブリッジ内の一部ではブハッという吹き出す音が響いた。そして、それはあちらの船の中からも通信越しに響いた。
『程度の低い者には、我々の温情も理解できないか。憐れなことだ』
「取り繕ってるつもりだろうが、青筋立ってんだろゾッド兵団長。ヘヴラトはアンタんところよりも医療技術は高いからな。痔の治療をするなら案内するが?」
『結構だ。後悔するがいいギア・エントラン』
ブチンと通信が切れたのにギアが眉をひそめる。
「ありゃあ間違いねえな」
「職業病みたいなもんですからね」
ラニーが肩をすくめる。
実際に笑えない者もブリッジ内には複数いた。ちなみにギアも新人艦長時代は悩まされていたが、ヘブラト聖天領で治療したために今では完治している。さらに良いクッションで予防もしっかりできているのだが、その苦労は当然よく知っていた。
「悪いこと言っちゃったかね。まあ良いか。あちらさんが止まらんのであれば、痔の大将の尻のシャークをクリムゾンに染めてやるだけだ」
「団長、比喩が汚ねえんですが。と、攻撃きやす!」
「そりゃあ、来るだろうさ。拡散ドラグーン砲、撃て」
そしてゾッドが指示したためか、ゴーラ武天領軍の戦艦が一斉に砲撃を行い、対してあらかじめスタンバっていたタイフーン号の拡散ドラグーン砲も放たれ、両陣営の間を無数の閃光と砲弾が飛び交い、いくつもの火球が空中に発生した。
とりあえずドイツ語ならカッコよく聞こえるんじゃないかと思ってつけてみたエピソードタイトル。




