011 アサシン
「まいどー」
「あんがとよ。料金には色つけておいたぜ」
「おー、気前いいねえ。さすがランクBクランさんだ」
アンカース天領からシェーロ大天領に向かう途中にあるティタノス天領。現在タイフーン号はその天領に駐留しており、今は天領側の商会のロボクスによって物資が運ばれていた。
とはいえ、クルーのメンバーはほとんど外に出ることはなく、商会の人間とのやり取りも副長であるラニーなどの一部のメンバーだけが行っている。
風の機師団としても補給なしでシェーロ大天領に直接向かいたくはあったが、アンカース天領での戦闘やその後処理もあって備蓄量がギリギリだったのだ。無理をすれば届くかもしれないが、ゴーラ武天領軍との戦いがある可能性を考えれば補給は必要だった。
またティタノス天領はへヴラト側の天領であり、ゴーラ武天領の圧力を受けにくい土地柄でもある。そのため、あわよくばゴーラ武天領軍の情報を得られるかも、と考えていたのだが……
「ご苦労だったなラニー。問題はあったか?」
物資の搬送も終えたラニーが艦長室に入るとギアがそう問いかけた。
「まあ、こっちがピリピリしてんのは気づいていましたが、特には何も。そこら辺は弁えてるんでしょうが。それと連中の情報は聞けませんでしたね」
通常、ハンターの船が天領に入ったのであればクランのクルーも港町に繰り出すはずではあるし、それが商会の収入源ともなる。
しかし、ラニーの言う通りにタイフーン号の空気を読んだ商会は何も言わずに指定された物資の補充のみに徹してくれていた。
「そうか。まあ、ここら辺はヘヴラトのお膝元だからな。ゴーラが脅しをかけても通報されんのがオチだ。一応ハンターギルドでそれらしいのを目撃したって情報は上がってたんだがな。島の中にはいなさそうだが……船の周辺は?」
「おかしなのが近づいてきた様子はないです。搬入した物資もチェックした限りでは問題ないかと」
そう返したラニーの言葉にギアが頷く。
事前に中身は確認しているし、アンたちによるサーチも済んでいる。食料については改めて確認が必要だが、爆発物などが入っている様子はなかった。
「ならいい。準備が整い次第、ここを発つぞ。姿は見えねえが、どうにも尻尾を掴まれている感が拭えん」
「ああ。それ、リリも言ってましたね」
「リリが……か。そいつは無視できん話だな」
ギアが眉をひそめながらそう返す。オリジネーターとしても特別なリリの感覚は時に未来予測に近い精度で物事を言い当てる。ギアも感じている何かを、リリがさらに深く感じとっている可能性は高かった。
「ゴールが近い分、ルートが狭まってる。ここで留まってこの島が巻き込まれるのも後味が良くない。急ぐぞ」
「了解です艦長!」
それから急ピッチで出航準備を終えたタイフーン号がティタノス天領を出たのは二時間後のことだった。そして……
―――――――――――
(時間だ)
ゴーラ武天領軍暗殺部隊『人狼』。
戦いがアーマーダイバー中心となっている現代でも未だに己の肉体を武器に、闇の中で活動する者たちは存在する。そんなゴーラの闇の一端を担う彼らは、風の機師団がティタノス天領を出るタイミングに合わせてタイフーン号の船底に張り付き、真夜中である今までじっと待っていた。
(目標は三つ。リリ・テスタメントの確保)
(ガレージの破壊)
(ルッタ・レゾンの処分)
リリの確保は第一優先。ガレージ破壊とルッタ暗殺は次善策。アーマーダイバーの破壊は当然だが、ルッタという新入りの登場が任務の難易度を大きく引き上げているとの報告があり、目標として加えられていた。
この指示を決めたクリムゾンシャークの兵団長ゾッド・サーヴェントはルッタ・レゾンを子供と侮る人物ではなかった。子供の姿をした、何かしらの裏を含んだ人物……例えばヘヴラトからの助っ人なのではと予想していた。
また船の心臓部である船導核が対象から外されたのは、船が動かなくなれば目標であるリリ・テスタメントが単独で逃走する可能性があるためだ。今の彼らにとって、もっとも避けたいのは速度で追いつけないオリジンダイバーで逃げられることだった。
ゴーラにとって、タイフーン号と風の機師団はリリに対するある種の重石代わりと認識されていた。
(シーリス・マスタングが警戒に当たっている。今ならば侵入も容易だろう)
古参であるジェット・リスボンの厄介さを彼らは身に染みている。
シールドドローンが相手では潜入を見破る可能性があった。だから気配を隠して船底でじっと待ち、ジェットの乗る機体ツェットがガレージに入ったのを見計らって彼らは動き出したのだ。
シーリスの機体であるレッドアラームが船内から出てくるのに合わせて、彼らはそれぞれがフライフェザーの小型版であるフェザーブーツを起動して船内へと侵入していく。
すでに船内の構造も、目標の場所も洗い出している。
ずっと逃げられ続けてはいたが、風の機師団は所詮ただの一クラン。それもかなりの古参ハンタークランで、船内に入った人間も少なくない。調べ上げるのはそれほど難しいものではなかった。故に壱狼とコードネームを振られた暗殺者は迷うことなくふたりと分かれ、リリ・テスタメントの寝室まで辿り着く。
(タレットドローンの護衛もなしか)
リリがいるのはシーリスとのふたり部屋だが、そのシーリスは今見張りについているのだから、中にいるのはリリのみのはず。
(オリジネーターは生身でも強力なソルジャーだ。故に一気に制圧する)
壱狼の中でスイッチが切り替わる。彼の膂力は単体であればランクE飛獣をも相手取れるほどのものだ。だからこそリリを捉える役割に彼は選ばれた。
その動きはまるで幽鬼の如く。気配なく一瞬で鍵を開けて寝室に潜入した壱狼は、けれどもそれ以上踏み出せず、金縛りにあったかのように固まった。
「眠いのに邪魔……だよ?」
何故ならば、彼の目標である彼女がすでに起きていたからだ。
いや、その整ってない髪と寝巻き姿からしてたった今目覚めたのかもしれないが、その彼女のひと睨みで壱狼はこの任務の失敗を悟った。
(なんだ、こいつは?)
最初に浮かんだのは疑問だ。
オリジネーターはゴーラ武天領軍にもいる。
彼らはオリジンダイバーに乗れる適性と優れた操縦技術を持ち、加えて身体能力も高く、生まれながらのソルジャーだった。常に冷静で、生身の戦闘もこなせるオールラウンダー。けれども人から逸脱はしていない存在。それを壱狼は知っている。
リリはそんな普通のオリジネーターよりも優秀ではあると壱狼は聞いていた。だからこそ真正面から挑むのではなく、こうして寝込みを襲う形でやってきたのだ。けれども、彼は自分がまったく思い違いをしていることを、今ここで理解した。
(こんなの、まるで……)
暗殺者として、一定以上の実力を有している彼だから気づけることもある。これは『想定を超えている』。或いはオリジンダイバーに乗せていた方がまだ捉えやすいのではないかと……
「怪物……か」
「失礼だね、君」
そう言ってリリが一歩踏み込む。
壱狼も慌てて動いたが、すでに遅い。次の瞬間にはリリの顔が目の前にあって、
「うーん、ルッタは大丈夫かなー。ちょっと心配」
そんな声を聞きながら壱狼の意識は一瞬で刈り取られたのであった。
オリジンダイバーでは反応速度に遅れがあるので、生身で戦う対人戦の方が実はヤバいリリ姉。
わかりやすく言うと剣と魔法の世界的な話でも終盤まで活躍できるレベル。まあ火力が違うのでフレーヌで戦う方が効率が良いのだけれども。




