008 ブルースパイダー
「キーーーー!」
早朝のタイフーン号の食堂が騒ついていた。
中心にいるのは今やリリと並ぶタイフーン号のダブルエースであるルッタ……ではなく、彼と共にいる蒼い蜘蛛だ。
ラグビーボールほどの大きさがあるその蜘蛛は、テーブルの上に置かれている果実を器用に前脚で掴んで美味しそうに頬張っている。
その仕草は妙に愛嬌があり、見ようによっては愛らしくも見えるが、問題はもちろんそこではない。
「間違いないねルッタ。あんた、こいつと繋がってる。テイムしてるよ」
「ああ、やっぱりそうなんだぁ」
フルーツをムシャる蒼蜘蛛を診ていた船医であるマーヤ・ドゥドゥがそう口にするとルッタが納得したという顔で頷いた。
従魔契約。つまりはルッタはそこにいる蒼い蜘蛛と契約をして使役者となっていたのである。それも当人も知らぬ内に。
「それって俺が従になってたりしないよね?」
「そうだね。間違いなくアンタが主で蒼蜘蛛が従さ。アンタがそいつからの命令を受けると従わなきゃいけない……なんてことにはならないよ」
その言葉にルッタがホッと一息ついた。
朝、目が覚めると目の前に大きな蜘蛛がいたのだ。さらにルッタがそのことに驚いて叫んだらリリが窓を突き破って乱入(当人曰くそっちの方が早かったからとのこと)してきたのである。
ともあれ、その時点で従魔契約によってすでに繋がっていたルッタは蒼蜘蛛に害意はないことをリリに説明して宥め、また状況が分からぬために調べてくれそうなマーヤの元に出向いた結果が今というわけである。
「それでルッタ、そいつはなんなんだ?」
ブスッとした顔でその場に一緒にいたギアが尋ねる。
不機嫌なように見えるが、実のところ昨日のルッタとオーエンの話を聞いて考えすぎて眠れなかっただけの銀の流星さんである。
「それ。朝、ルッタの部屋にいたの。駆除しようとしたけど止められた」
リリが眉をひそめながらそう口にする。悪い虫がついたとでも思っているようである。
「まあ、リリ姉が悲鳴をあげた俺を心配してくれたのは嬉しいけどさ。でも繋がってるのがなんとなく分かったから止めたんだよ」
チュピッと前脚を挙げる蒼蜘蛛。
「繋がってるってのは、その蜘蛛とってことだよな。魔獣使いの感覚ってことか?」
「そうかなと思って今マーヤさんに調べてもらって、実際テイムしてるってことが発覚したわけ。まあ俺もにわか知識しかなかったからね。確信なかったし。と言うかさ。なんでこんなに人集まってんの?」
ルッタとしては船医室にいたクルーにマーヤがここにいると聞いたから来ただけで、こんな衆人環視の元で確認するつもりはなかった。
けれどもいざマーヤと会って調べようと言う話になったところ、医務室のような狭い場所では蒼蜘蛛が予想外の動きをした時に対処できないため、リリが動きやすいこの場で調べることになったのである。
その結果としてギアを含めたギャラリーが増えていった。
「いや、だってよールッタ。お前がそんなの連れて歩いてるの見たら普通気になるだろ」
「まあ、そうか。それにコーシローさんにもコイツは関わることになるだろうしなー」
「僕が?」
ルッタの言葉にコーシローが首を傾げる。
「そっ。ギア艦長が尋ねたこいつの正体なんだけどね。多分デュアルセイヴァーのインチキがコレ」
周囲がざわりとした。そしてギアが先ほどまでとは違う、真剣な表情で「どういうことだ?」と尋ねる。
「艦長には報告してたけど、デュアルセイヴァーは機導核を二基積んでたでしょ。でも、今のうちらの常識じゃあひとりの人間が二基の機導核を扱うのは無理だって結論が出てた。そんなの心臓がふたつあるようなものだしね」
その説明には、昨日に一緒にデュアルセイヴァーを調べた整備班が頷いた。アーマーダイバーは肉体の機能を拡張させることを目的としたパワーアシストスーツの延長線上にある機械だ。そのため、機導核ふたつを同時に稼働させることはこれまでの常識では不可能だった。
「そこで俺らは複座型を疑ったわけ。機動核同士の干渉を防ぐ素材が使用されていたのは構造から明らかだったしね。けど、コックピットはひとつしかないし、ふたりめの乗り手も見当たらなかった」
「ああ、そういうことかい」
ルッタの説明で、最初に蒼蜘蛛の正体に気づいて頷いたのはマーヤだった。
「そっちの蜘蛛ちゃんがふたり目だったってルッタは言いたいわけだね」
「は?」
「そんなん、あり得るのかよ」
そんな声をラニーたちはあげるが、ルッタはその通りと首肯する。
「こいつと繋がってちょっとだけ記憶を共有できたんだよ。デュアルセイヴァーに乗って、盾を使って必死に身を守ってた時の記憶がさ」
「キーキー」
蒼蜘蛛が「大変だったんだからねー」という風に前脚をフリフリした。
「というとやっぱり敵?」
再びリリの視線が鋭くなり、蒼蜘蛛が殺気を感じてシュタッと飛び退きながら前脚をクワーと開いて威嚇する。
「止めなリリ。今はテイムしてるから問題はないだろうよ。従魔に善悪もないからね」
「ムゥ。アンにライバル出現」
そう言ってリリが蒼蜘蛛を見る。
「それにしてもアルティメット研究会だったかい。連中は随分と命を弄ぶんだねぇ」
「命を弄ぶ。そうだね。多分こいつはアーマーダイバーの、いや乗り手のサブシステム扱いだったんじゃないかな」
「……サブシステム」
ギアが眉をひそめる。アーマーダイバーは人間を拡張する補助具であり、メインシステムは乗り手そのものだ。そこに蒼蜘蛛がサポートとして入るのだとすれば、その意味は小さくない。
「確かザイゼンからのレポートではヒムラの操縦技術は並以下。お世辞にも上手いとは言えず、マシンの性能が大きいってあったよな?」
「となると、コイツがいれば誰でもルッタたちとも渡り合えるってわけか?」
「機導核二基持ちの機体ありきならだけどな」
「そりゃ、俺たちには揃えられないな」
クルーたちがそうやり取りするが、逆に言えば揃えられてしまえば、ルッタたちほどではないにせよ、ラインの乗るオリジンダイバーに匹敵する程度の戦闘力は確保可能ということであった。
それは当然、この世界の乗り手の上澄みと言えるレベルだ。さらにギアは昨日のルッタたちの話を思い出し、顔を顰めた。
「まさか……アレの量産化も可能なのか?」
ボソリと呟いた言葉に周囲が静まる。
「いや、艦長。そりゃ流石に無理があるって。なあ、蜘蛛。アンタだってスペシャルなんだろ? ユニーク個体的な? あ、兄弟とかいるの?」
シーリスのその問いを正確に理解した蒼蜘蛛は両前脚を広げて「いーっぱいいる」とジェスチャーした。
「……マジかい」
シーリスがボソリとそう口にする。それはこの場のほとんどの者の脳裏に浮かんだ思いそのものだった。
そしてアルティメット研究会の潜在的な脅威度がさらに跳ね上がったことを察したギアが頭を抱え、ルッタは「へー」と興味深そうに呟いたのであった。
人化はしない。絶対にだ!




