067 スパイダーヘッド
ブーーン……と羽音が聞こえてくる。
そこは天空島の姿も見えぬ何処かの竜雲海。そこに浮かぶ雲海船に一匹の蜂が近付いていた。そして、その蜂は雲海船の甲板にいるひとりの男の頭に止まり……
バクリ
とまるでミトラのように男の頭部に乗っている白い蜘蛛に喰われた。それからその蜘蛛が咀嚼を何度か繰り返すと男が「ふーん」と口にする。
「ヒムラくんは駄目だったみたいだよぉカナミさん」
その男は以前、ジアード天領付近に止まっていた雲海船の上でガルダスティングレーの様子を観察していたドクトル・タナカ・ピカジロウであった。
不健康そうな顔に丸眼鏡をかけているところは以前と変わらないが、服装は白衣ではなくアロハシャツ……或いはそれに似たものであった。
「チッ、お前とオオトモに続いてヒムラもかよ。なかなかシンドイ話だなーオイ」
対して男から離れた場所でリクライニングチェアに座っていた女性が肩をすくめてそう口にする。
カナミと呼ばれたその女の外見は赤いメッシュの入った髪をして、全身にピアスと刺青が入れた風体で、また鋲が無数に突き出た革ジャンを着ていた。
そんな彼女はゲンナリとした表情をしていたが、それも無理のないことだろう。本来彼女らの計画は四つの天領を犠牲にして四体のランクS飛獣を生み出し、また来たるべき日のための戦力の選定をも行う予定だった。
それが最終的にランクSの飛獣を生み出せたのは彼女だけだ。それもクィーンビーとは違い、準備も整えずに即席で天導核を取り込んだが故に能力も中途半端。また彼女が担当している飛獣の眷属の戦力については微妙なものであり、自己採点でも合格と言い難いものがあった。
「ああ、でもヒムラくんはちゃんと成果は出してくれたようだよ。僕とオオトモくんは駄目だったけどさ」
「ハッ、結果ってのはさピカジロウ。駄目でもいいんだよ。オオトモの選んだ飛獣はあいつを守れなかった。つまりは家族を守ることもできないという結果を出した。駄目って結果を出したのだから無駄じゃない。アイツの命は家族のために正しく使われたのさ」
「そうだね。中途半端な結果の僕よりも良いかな」
「まあテメェんところのエイも他と組み合わせれば天領攻めの際は普通に使えんだろ。そんでヒムラの結果ってのはどうだったんだよ?」
ピカジロウが操っていたガルダスティングレーの群れは戦闘能力こそ特筆したものはないが、天領攻めの際に他の飛獣と組ませることで劇的な効果を及ぼすだろうというのがカナミの結論だ。
「予想はできていたけど、クィーンビーの進化系は攻撃ではなく補助タイプに進むみたいだ。だからランクS化にこだわる必要はなさそう。ただ、眷属に関しては目を見張るものがある。戦闘パターンが不足していてあまり活躍はできなかったけど『ルッタくんたちがアドバイスをしてくれた』し、運用をしっかりと考えれば上手くはやれそうだ。ヒムラくんは良い仕事をしたよ」
「ふーん。ん、ルッタくん? ああ、確か神之鍵と一緒にいるガキだったっけか」
「そ、子供らしくない子供だね。とてもとても強いんだ。ちょっと普通じゃない。それにしても今回ヒムラくんとやり合うのは予想外だったなぁ」
「こればっかりはな。俺らだって万能じゃあねえ。後手に回ったのは仕方ねえさ」
カナミが肩をすくめる。
ピカジロウは飛獣を用いて風の機師団の監視をしてはいたが、それも常時というわけではない。下手に近づけば察知されるし、あくまで移動経路を確認する程度のもの。
本来であれば風の機師団はアンカース天領奪還作戦に参加するはずではなかったのだ。道中の天領に立ち寄りながらジナン大天領に向かう予定であったし間に合うことはないはずだった。途中でイシカワというイレギュラーと出会いさえしなければ。
それからカナミが目を細めて口を開いた。
「ガキのくせに超強いねぇ。もしかすっと、そいつ転生者とかかもなー」
「カナミさんって地球だとラノベとか見てた方?」
「見てねーよ。ヒムラの受け売りだよ。そいつさー。結構有名なアーマーダイバー乗りの生まれ変わりとかなんじゃねーの。転生者っていうのも存在しないわけじゃないんだろ?」
「一応過去に例はあるらしいね。ただ、それでも現地人ではあるんだろうからね。異世界から転移してきたってんなら転生者でもワンチャン魂の適合はあるかもだけどね」
そう言ってピカジロウがポンと自分の頭の上に乗っている白い蜘蛛を叩く。よく見れば、それはピカジロウの頭部と癒着していた。肉と殻が混じり合い、もはや両者は一個の生物であるかのようだった。そして、頭部の蜘蛛は色違いの赤ではあるが、カナミの頭にも乗っている。
「異世界転移者の転生者ねぇ。見つかったら試してみたくはあるけどよ。ま、そんな都合の良い話はないだろうさ」
「そうだねぇ。そんなのがいれば面白いんだけど」
「そーそー。それに風の機師団の連中も次でお陀仏なんだろ。なーサーヴァンさんよー」
そのカナミの言葉はピカジロウのそばでじっと佇んでいた女に投げかけられていた。
「はい。そうですね。ゴーラ武天領軍も集結しつつあります。以前とは違い、彼らも今度こそは数を揃えてタイフーン号と相対できるでしょう」
その女はジアード天領でピカジロウと一緒にいた人物であった。ボブカットで吊り目、この世界には似つかわしくないフォーマルな服装を纏った、いかにも秘書といった雰囲気のその女は感情のない表情のまま、そう返す。
「彼らにはジナン大天領の貴族の名を使って情報を送っています。風の機師団が如何に戦闘能力が高くとも軍の索敵能力から逃れることは困難です。必ず衝突するでしょう」
「だね。彼らは多くの困難を乗り越えてきた猛者ではあるけれど、今回でラストチャンスのゴーラも死に物狂いで挑んでくれるはずだよ」
「ま、万が一があろーとよー。流石に無傷ってのはねーだろ。そこに俺らが横からぶん殴りに行って、神之鍵を掻っ攫っていくってぇわけだ。ギャハハ」
カナミが笑い、ピカジロウも釣られて笑みを浮かべる。
「神之鍵。アレさえ手に入れば、予定は大幅に繰り上げられる。やり様によってはあちらからこちらに家族を送り続けることも可能になるかもしれない」
「フハッ、サイコーだな。みんなみんな家族になる。俺、姉さんも母さんも喚んでやりてぇんだよなぁ。楽しみだー」
「ふふ、流石に指名はできないけどね。可能性は生まれるからね。というわけで、サーヴァンさんは引き続き監視をよろしく頼んだよ。僕らはまだ数が少ない。君たちが頼りなんだ」
「承知しました。それでは失礼いたします」
そう言ってサーヴァンと呼ばれた女が頭から徐々に分裂していく。そして分たれたソレはフワッと風に乗って雲海船から外へと飛んでいった。
サーヴァンと呼ばれた女の正体、それは拳ほどの蜘蛛の集合体だった。それが風と共にその場を去っていく。
その様子をピカジロウもカナミも特に驚いた風でもなく眺めている。そして、ふたりの頭の上に乗っている蜘蛛たちがガチガチと顎を震わせていた。
蜘蛛に表情はなく、当然感情は読めない。けれども、その様子は来たるべき未来を夢想し、歓喜しているようであった。
竜喰らいの章はこれにて終幕。しばらく書き溜め期間に入ります。
ルッタくんが今回得たものは全自動式魔導散弾銃に燃え滓のデュアルセイヴァー……だけではありません。
こちらはチェンソーさんの放電も含めて次章の冒頭で判明すると思います。
イシカワさんも知らぬ間に得ているものはたくさんありますが、本人は気付かないし童貞歴イコール年齢と思っているし、こちらは次章でも(本人には)判明しません。種が尽きたら(物理的に)喰われて終わりとかアマゾネス的サイコホラー展開はないのでご安心ください。いや、知らない間に童貞が五人の子持ちって時点で普通に怖いですよね。
次章はいよいよゴーラ武天領軍との正面衝突となる『強羅業の章』となります。書き上がるまでしばしお待ちください。
同時連載の収納おじさんも更新中ですので、よろしければそちらも読んでいただけますと嬉しいです。




