057 チェンジリング
『あ?』
ヒムラは現在起きている状況に目を丸くしていた。なぜならば、今彼が戦っているのはシトロニエとポルックス、それにニンジャの三機のはずだった。彼らに接近を許してはおらず、未だ自身の優勢は揺るがないはずだった。であるはずなのに、彼の乗るデュアルセイヴァーは今、グルグルと細いワイヤーに絡めとられている。
「これ以上の戯言は捕まえた後でゆっくりと聞かせてもらおうかヒムラ」
さらにヒムラの混乱を助長したのは怒気の混じっているザイゼンの声が『正面から攻撃を仕掛けているニンジャ』からではなく、『デュアルセイヴァーの背後』から聞こえてきたためだ。
『この無数のワイヤーを撃って絡めているのが……小さな雲海船だって?』
困惑するヒムラが後方へと視線を向けると、そこに浮かんでいたのはフライヤーと呼ばれる小型雲海船であった。
そのフライヤーからは無数のワイヤーが射出されており、それはワイヤーアンカーと同じ材質のアーマーダイバー捕縛用特殊ワイヤーだ。
『なんで……こんな近くに?』
ヒムラの頰を冷たい汗が伝う。
そのヒムラの疑問はもっともなものだ。ラインたちがこの心臓室に入ってきた時からフライヤーの姿をヒムラは見ていない。そしてヒムラは知らない。ザイゼンの乗る機体ニンジャは飛獣から逃れるために隠密と生存に特化したもので、すでに解除はされているがフライヤーにはステルスフィールドと呼ばれる、アーマーダイバーの巨体をも覆い隠す機能が搭載していたのである。
基本的にアーマーダイバーでもオリジンダイバーでも、またデュアルセイヴァーであってもレーダーの精度にそう違いはなく、そのためフライヤーはデュアルセイヴァーに気づかれることなくステルスフィールドを発生させたまま移動し、捕縛ワイヤーの射程距離まで接近することに成功していたのだ。
「ようやく捕まえたぞ。もう逃しはしない」
そしてフライヤーの中にはザイゼンがいた。
その事実にヒムラはザイゼンが乗っていると思っていたニンジャへと視線を向けるが、そちらから聞こえてくる声はザイゼンのものではなかった。
『ハァ、そろそろ死ぬ』
『もうちょっとだから頑張って兄さん』
乗っていたのは崩落によって重症であるはずのアベルだったのだ。そのことに気づいたヒムラはここに至って己が謀られていたことをようやく理解した。
『そんな馬鹿な。いつからだ。僕は……この状況は!?』
ヒムラはザイゼンが声を出すまで彼の存在を把握していなかった。けれどもフライヤーを経由した通信音声がニンジャから流れたことで、そこに彼が乗っていると誤認してしまった。
カストルがこの場にいなかったことも、ニンジャのバックパックウェポンがなくなっていることにもヒムラは気付いていたが、だからと言ってニンジャの乗り手が変わっていて、ザイゼンはバックパックウェポンが分離したフライヤーで隠密行動していた……などということまで察せよというのは無理がある。
『してやられたか。まったくやってくれたね財前さん。だけどねぇ』
ヒムラは激昂する己の感情すらも囮にしたザイゼンの行動を素直に称賛する。ザイゼンの執念がヒムラの認識を上回ったのだと理解する。
けれどもまだ終わりではない。ラインたちとの距離はまだある。ここを抜け出せればまだ持ち直せる。十分に反撃は可能だと……
『オリジンダイバーに匹敵するこの機体のパワーならこんなワイヤーを引きちぎることなどッ』
『いんや、もう手遅れだっての』
そしてワイヤーを切ろうともがくデュアルセイヴァーの前にイシカワのヘッジホッグが飛び込んで来るのが見えた。
『は?』
その事実に今度こそヒムラの思考は追いつけない。呆気に取られたとはまさにこのこと。ナイトビー十体に囲まれていたイシカワが自分に仕掛けられる意味が分からないのだ。
『な、ナイトビーは?』
「あんなんパターンが読めりゃぁ雑魚敵でしかねえのよ」
こともなげにイシカワは言い、そしてヒムラは離れた場所ですでに事切れている十体のナイトビーの姿を目にした。ここに至ってヒムラの混乱は最高潮に達した。
『いや……嘘でしょ?』
ヒムラとてこの場で最も危険な相手はボロボロのラインではなく、旧知のザイゼンではなく、イシカワだと認識していた。だから戦っている最中も常に警戒はしていた。つい十秒前までイシカワは残り十体のナイトビーと戦っていたはずだった。
ルッタが離れたことで戦闘そのものは拮抗状態となっていたが、一対十という不利な状況をどうにか立ち回っていたはずだったのだ。ヒムラはその状況を確かに見ていた……はずなのだ。
『たった十秒で殺れるわけがないじゃないか!?』
「それが想像できなかったテメェの負けだよバァアアカ」
『じょ、冗談じゃ!? ウワァアアア』
直後、四方から放たれた破壊の杭がデュアルセイヴァーの四肢を貫き破壊した。
伏線は地上シーンに帰還した様子のないアベル、ポルックスと妙に連携しているニンジャ、ここまで出番のなかったフライヤーの能力というところでしょうか。
普通に倒してラインに合流してもどうせ全自動式散弾銃で距離を取られて近付けないと考えたイシカワは最高のタイミングで横殴りするためにあえてナイトビーを倒さず、いつでも秒殺できるように立ち回りながら隙を窺ってました。




