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水飲み場の前。

遠くで、賑やかな声が聞こえてきてまるでここの空間だけを切り取ったかのように、この場は静けさを纏っていた。

「魔王佐賀なんて異名なんていう二病みたいなあだ名とか付けられててね、髪も金色だった。今よりも派手で喧嘩では負けず知らず。最強を欲しいままにしてて、それでも俺は満たされる事なんてなかった」

世界は、なんてつまらない。

狭い狭い世界の中で、笑っているのはとても疲れていた。

「だって、ね。大人の世界に近い場所に居たんだ。帰ってきて絶望して何が悪いの。中学の義務教育なんか俺には不必要だった。だって、教師よりも俺の方が頭良かったし」

コツンと一指し指を頭に付けて、萌に笑って見せる。

茫然としている萌の眼は相も変わらずに感情が表に出ていない。でも、表情筋がピクリと動いた所を見ると、それなりに反応に困っているようにも見えた。

「何もする事もなくて、教師は俺を異物として見るようになって、グレるなっていう方が無理。親はその時ほとんど家に居なかったのも悪かったのかも」

母さんは、ブランドを立てたばかりで忙しかったし、父さんもモデルの仕事が舞い込んでて海外に行ってたりとかして、家に帰ってくる事はなかった。それでも、愛されているのはわかっていたけど、その愛情もどんどん虚しさが勝っていった。

「喧嘩してた時は、喧嘩の事だけ考えれば良かったから楽だったよ。でもね、どんどん俺の周りがきな臭くなって、ヤクザとか俺の所に顔を出すようになってきた」

「や、やくざ…」

「チンピラと大差ないよ。知能戦で、俺の指示に従ってれば萌でも勝てるレベルの雑魚」

「…………」

なんとも言えない視線を寄越す萌の眼は、「それは、間違いなく八尋にしか出来ない」とでも言いたげだ。

「んでー。流石にヤクザの若頭が出てくるようになって、ヤバいって思ったよ。俺、闇の世界に関わる気更々ないからね。どうやって抜け出そうか本気で考えて、あ、母さんの家利用すればいいんだって気付いた」

「は?」

「母さんの家系って、天才が産まれる伝説の家系なんだって、そのDNAがその身体に巡っているのであれば、その人間は洩れなく天才になっちゃう。まるで夢物語で、でも現実で、その伝説の一族の末端の俺は間違いなくチートな天才だった。んで、その親戚の中に居たんだよね、とーっても優秀な警視総監の相棒の探偵さんが。平たく言えば、お手上げ状態になっちゃったから、協力してもらったんだよ」

そのヤクザの組を捕まえたのは、今の警視総監がまだ刑事だった頃の話。ここ数年で飛躍的に立場が上になってしまったけど、今も現場で活躍している働き者だ。

「軽く言ったけどね、俺自身も凄くヤバかったんだ。ガキが動き回れるのに限界が来ちゃったんだ」

なんでもできると信じてた。

俺なら、危険な事に足突っ込んだとしても簡単に抜け出す事が。それに加え、後戻りができると、どこかで過信していた。

「バカだ」

「そうだね、俺はバカだったんだ。頭は良かったはずなのに、その過信で全てを失う所だった。彼等にはとてもとても感謝してるよ。俺は彼等に救われたから、これからは自分の事大切にしようって思えた」

「うん」

くいっと、萌は俺のジャージの袖を引っ張る。

もう、あの時みたいに「もう、会う機会ないから」とは言わせない。

「それと、萌は俺と会ったの二度目って思ってるかもしれないけど、本当は三度目だよ」

「え?」

「デパートで、蓮華ちゃんと会長と一緒に三人で居たね。その時、俺はパンダの着ぐるみの中に居たから、わからなかったかもしれないけど」

いつの間にか、どんどん会う機会が増えていて、今回だって蓮華ちゃんの応援のつもりで来ただけかもしれないけど、思いの外君との会話は楽しくてしょうがない。

「ね、連絡先交換しない?」

「いいよ」

すちゃッと取り出したスマホは、まだ扱いなれていないのか五分程操作を続けていたが、急に萌がスマホから顔を上げた。

「ごめん。また今度」

「いや、操作方法がわからないなら俺がやってあげるよ」

「……………お願いします」

一瞬逡巡して、何かを考えていたようだけど、すぐに断念して俺にスマホを預けてくれた。カバーが付いていないそれは、萌らしく飾りっ気がない。

萌のスマホに俺の連絡先を登録して、俺のスマホに萌の連絡先を登録してから、萌にそれを返す。





「あの、」

「なぁに?」

「どうして、八尋の登録名が佐藤裕次郎(さとう ゆうじろう)になってんの」

「何もなければいいんだけどね、何かあった時が困るんだ。ごっめーん」

テヘペロして、可愛子ぶる八尋に殺意が芽生えた。

円らな瞳に硫酸を掛けたい。

「そういえばさ、駅中のカフェのリディエって店知ってる?」

「知らない」

「そうなの?そこの苺パフェが絶品でね。今度一緒に行かない?奢るよ」

「ぜひお供させていただきます」

八尋は、平岡さんと違って心が広い。私がなんか平岡さんに思う所があれば、あの人は遠慮という言葉を知らないのか私の頬を捻ったり、なかなかの力で小突いたりする。

それと比べて八尋はお金を持っていてけち臭くないし、私が酷い事思っても何もしてこない辺り、菩薩様のようにさえ思えてくる。

「明日とか暇?」

「学校帰りなら」

「あー、そっかうちの学校振替休日だから暇なんだよね。あ、なんなら迎えに行こうか」

「目立たないようにしてくれるなら」

「まっかせて!」

ペロリと舌を出して、サムズアップする八尋はなんか可愛い。

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