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我が親友は、特別素晴らしいスペックなどは持っていない。
特別可愛いというわけでも、これといって目立っているわけでもなく、普通の極々普通の女の子である。
姉視点から見ると、かなり変わっているとの事だが、どこがどう変わっているのかはよくわからなかった。ちなみに、この親友相手であると姉も、いつもの皆が大好きな姉ではなく、素の私の姉でいられる事が判明した。
「もえもえ久しぶりだね」
「ちょっと椎野さんっ!」
「先輩ごめんね!私、もえもえ派だから。綺麗でツンデレな先輩も好みのタイプだけど、鈍感クーデレなもえもえの方が好みなんだ!」
「なんの話をしているのかしら!」
「クールぶっていて、甘えベタなもえもえが初めてデレた時の感動を私は忘れない!」
「萌、構わずド突いて来て」
「言われずとも」
親友、椎野 梅は、焦げ茶色の腰までの長い髪を、緩い三つ編みを二本肩に垂らし、赤フレームの眼鏡と泣き黒子がセクシーな女であるが、中身はとってもハイスペックなコミュニケーション能力者である。
斗鬼に指示されずとも、親友をド突いて黙らせると、お美しい女の人が更にお怒りになった。
「ちょっと、アナタ!私のゆ、ゆゆゆ友人に何をしているのよ!」
「デレた!」
放っておくことにした。
とりあえず、あの後私はすぐに自分が居た保護者テントに戻ってきた。よくわからない茶番に付き合っているつもりは毛頭ない。
「萌の周りの人間にまともな人って居ないの?」
「居るよ」
「ちなみに、それって誰」
「……………斗鬼」
「僕以外の人間で、という意味で聞いてたんだけど」
産まれてから、両親はまず普通の人間とは言いにくかった。父親は美形で、母親は普通だったが、如何せん母さんの方が変人度は極めて高かった。だけど、なんだかんだでそんな変人奇人な母さんの事をこの上なく愛している父さんの方が変人奇人だけれども。そもそも姉も、アレだ。数少ない友人の梅もまぁ、普通の分類ではあるが、ちょっと変わっている。
「私、今日まで梅が普通だと思ってた。そうだね、斗鬼と比べなければ私はずっと勘違いしていた所だったかもしれない」
「…………とにかく、これからは僕が萌を守るよ。そういう努力する」
「斗鬼、ありがと」
頬を朱に染めてそんな事を言ってくる斗鬼に、ついつい口角が上がった。
「そうだ。この間話した後、さ、父さんにも話したんだ」
「……え?」
この間とは?と、そんな事言える空気ではなく、ただ聞いているだけに留めた。
「色んな事を話したよ。だから、最後の最後にはダンサーになるっていう僕の夢を応援してくれるって言ってくれた。凄くすごーく、肩を落としていたけどね」
そういえば、そんな事を大分前に斗鬼から話してくれたっけか。
そっか。斗鬼の顔から憑き物が落ちたようにスッキリした顔をしていたのは、そのせいだったんだ。
ツンっと、斗鬼の服の裾を掴んだ。頬が緩むのが自分でもわかるぐらいに、笑っているのがよくわかった。
斗鬼は何故か、口元を手で押さえてフルフルと震えていた。
(……っカワイイ…)
「斗鬼?」
「守るから!だから、」
「だから?」
ひょいっと顔を出したのは、どこかで見た事のあるような顔の男の人だった。
黒い短髪に、梅とはまた形の違う赤フレームの眼鏡を掛けた、イケメンのお兄さんはよく見ると形の良い切れ長の目をしていた。
「斗鬼、昼休みに入る前に一度、生徒会でミーティングの予定だっただろう」
「………忘れてた…。萌、ちょっと行ってくる。昼、一緒に食べよう」
「うん。待ってる」
正直、斗鬼が来てくれると大変助かる。小食な私と姉には五段は大分キツイ。三段でもキツかったが、どうせ梅も来るだろうと思っての量だったが、残念ながらあの様子では来ないだろう。
斗鬼と、イケメンのお兄さんの背中を見送ってから保護者席に戻り、お弁当を広げて姉と斗鬼が来るのを待つ。
紙皿と割り箸も用意しなければ、あ。平岡さんの分も一応用意しとかないと、あの人煩そうだな。
金髪のお兄さん?誰ソレ知ラナイ。
「萌ー!」
そうこうしている間に、姉と斗鬼がやってきた。ついでに、おまけが計5人程。
「大人数じゃないか!」
そんなにお弁当ないよ。私と姉の分がないじゃないか。
「萌、そう思って弁当持ってきたよ」
「斗鬼のお弁当もなかなかの大きさだね」
「………父さんが張り切り過ぎたんだよ」
息子の体育祭。本当は行きたいが仕事が次々と入り込み、来れなくなってしまったのだそうだ。しょうがなく、超高級料亭で弁当を作ってもらい、それを斗鬼に持たせたとの事。それを聞いた城さんの眼がギラギラしていた。
「お腹空いたわ。萌、梅ちゃんは今日は来ないの?」
「梅は…………。斗鬼、あの人等って何かな」
「椎野さんは、会長の親衛隊隊長と多分一緒にお昼を取るようです」
「ねぇ、萌ちゃんこの玉子焼き美味しいね」
「もう食べてるんですか」
平岡さんの手の早さにドン引きしながらも、斗鬼のお弁当を開いた。それは宝石箱でした。
「流石、高級料亭。色鮮やかー」
「タッパに詰めて、持ち帰ってもいいか?」
城さんは、そう言いながらもタッパ片手にもう詰め始めていた。時折うちの弁当に箸を突っ込んでいたりする。がめつい。
「じゃあ、ローストビーフ全部僕が貰うね」
「悠雅!半分にしよう」
双子!皆と仲良く食べようという発想はないのか。
「おい、三分の一はくれ」
「ねぇ、翠。いくらなんでもがっつきすぎだよ」
私は、幻聴を聞いた。平岡さんがまともな事を言っているという幻聴を耳にした。そう思っていたら、平岡さんに耳を引っ張られた。
「これ、ただの僕の勘でしかないんだけどね。萌ちゃん今、僕に対して失礼な事思ったでしょ」
「なんで、疑問形じゃないんですか」
耳の痛みと戦いながらも、平岡さんに冷静にツッコミを入れる。
「会長!萌に意地悪しないでください!」
「同感です。会長大人げないですよ」
救いの手を差し伸べてきたのは、姉と斗鬼だった。
「君達には負けるよ」
姉と斗鬼の受け皿には、おかずとおにぎりがドッサリと乗っていた。隠そうとしたのか、器用に、背中の後ろに隠した。
「平岡さん、あまり食べてないようですが」
「ちょっと食欲なくてね」
タイミングよく鳴った、平岡さんのスマホは黒色だった。カバーケースも付けていないそれに、平岡さんは今にも舌打ちしそうな程顔を歪めて、テントを出て行ってしまった。その後を、姉が追った。
「会長!」




