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朝、起きてまずする事は、コーヒーを淹れる事だったのだが、ここでまた事件が起きた。
「萌――――!!!!!」
鬼の形相で二階から降りてきた姉が、私の携帯を持ってきたのだ。
「これは何!」
「………」
そこには先日、阿澄先生の手により破壊された無残な携帯の姿があった。
「萌の携帯壊れちゃったの?」
「そうなのよ、ママ」
「直せば、使えるかしら」
間違いなく再起不能だよ。
「萌、ちょっと来なさい」
父さんが手招きして、私を呼ぶ。しかも背中に般若を背負っていた。私、年齢の前にまだ享年って文字を付けたくないんだが。
あの後、ガッツリ怒られた私は新しい携帯購入する為に携帯ショップに出向いた。姉は今日、生徒会があるらしく、学校に行っている。
よくあんなキャラの濃い連中の所に行けるのか、とっても不思議であるが他人に興味のない姉の事だ。眼中に入ってないのだろう。
「あーもう…」
「あ!」
後ろから、そんな声がしたが無視である。
ちなみに今日の私は、フリルの付いた白いワンピースに淡色系の緑のカーディガンを着ている。服のチョイスは母さんである。
「そこの安産型の、良い形のお尻してる人!!」
それどんな特徴の人だよ。思わず声をした方に顔を向けた。
そこには茶髪でたれ目の長身のイケメンが居た。言っておくが知り合いではない。誰だお前。何故嬉しそうに私の方に向かって歩いてきているんだ。なんで、初対面の女に抱き付いているんだ。なんで、私のお尻を執拗なまでに撫でまわすんだ!
思わず、私は力の限り、その男の足を踏みつぶす勢いで踏んでやった。
「いっ…!」
「何すんの?イケメンだからって何しても許されると思ったら大間違いだよ。警察に通報してやろうか」
「待った待った待った!!」
まぁ、その連絡する手段は阿澄先生の手により葬られたけどね。
「俺の事覚えてない?」
「初対面ですが」
「あー、ほらあの桜の通り道のベンチで格闘漫画読んでた」
「………」
あ。そう思って、余計に男の足を踏んでいる足にグリグリと力を込める。
「あの痴漢…!」
「なんでそうなんの」
深い溜息を吐いた長身の男は私の脇腹に手を差し込み、ひょいと持ち上げた。
「へ?」
「で、どこ行くの」
男の力に、阿澄先生を思い出して、恐怖でガタガタブルブルと震える。
「け、けけけけけけけ携帯ショップ」
「ラップ調みたいで面白い」
クスリと笑う長身のイケメンのそれは妙に幼さを感じた。
「俺は東雲颯。今年高一になったばかりだよ」
「………私は、木野萌。高校二年」
「うっそ。俺より年上じゃん。同い年だと思ってた」
そう言いながら、そうっと私を地面に降ろす奴の手は、私のお尻の位置にある。なぜこの男は私のお尻を気に入っているんだ。意味がわからない。もっとボンッキュッボン美人とか居るだろう。そういう子のお尻触れば良くないか?意味わからん
「ていうか、木野?」
「ん?」
「い、いや、俺の知り合いの先輩と同じ苗字だな、って思って」
さり気なく手を繋ぎながら歩き出した男に付いていけば、携帯ショップに辿り着いた。
「萌さんの携帯ってここでいいの?」
「いきなり名前呼び?」
「萌さんは、俺の事は颯って呼んで。俺の方が年下だしね」
「……それはそうと、確かにここの携帯ショップに用事はあったけど」
行きつけの携帯ショップにたまたま辿り着いた私は、力任せに私の手から颯の手を離そうとしたが、逆に折れ曲がる程力強く握られた。
「痛い痛い痛い!」
「どの機種が良いとか希望ある?一緒に選ぼう」
文字通り引き摺られながら、携帯ショップに入店すれば、店員さんの笑顔が引き攣っていた。そりゃそうだろう。こんな美男子が引き摺ってまで連れてきたのはなんの変哲もない普通の女だ。その証拠に、その眼差しはキツい。
「これとかおすすめ」
「スマホを私に勧めないで。どうやってメール打つの」
「そこから説明しなきゃいけないの?」
颯に実演してもらいながらスマホのメールの打ち方を学ぶ。
「これ落としたら、画面にヒビは入らない?」
「最近のは落としても平気なのがあるんだよ」
おもむろに、颯が持った携帯の機種や、それから別の機種とかも見たが、やっぱり普通の二つ折りがいい。
「これ持って、俺と電話いっぱいしようよ」
「いいえ。いっそ壊れたままでいいです」
ウザそうな奴は勘弁願いたい。結局颯のお勧めのスマホを手にした私は、茫然と一番初めに登録された颯のアドレスと電話番号を眺めた。あ、着拒しよ
「着拒したら、萌の家に彼氏ですって押し掛けるから」
「最悪」
ファミレスに場所を移して、パフェを二人で食べ、その後にデパートのゲームコーナーに行ったりとした。帰って来たのは、夕方になってからだった。
ちなみに本日の戦利品は、羊の大きいぬいぐるみだ。颯が取ってくれた。コロっと丸くて見るからにふわふわしているそのぬいぐるみが欲しくて、颯に強請ったのだ。そのご褒美として、まぁプリクラも取ったが、ご機嫌の私には関係なかった。
これがまぁ、初デートなるものだとわかったのは夜、颯からの電話での事だった。




