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別に、どうでもいいとかそんな風に思った事はなかった。

楓雅は何も言わないけど、僕も何も言わなかった。ただ、僕はお人好しで、優しい楓雅の心に付け込んだだけだった。

物心付く前から一緒だった楓雅は、周りの大人達から可愛がられていた。それとは反対に、人見知りの激しかった僕は、いつも楓雅の後ろに隠れているだけだった。可愛い可愛いと、まるで愛玩動物を愛でるように見てくる大人達が、僕は大嫌いだった。

そして、成長するにつれてその性格は如実に現れていった。

一生懸命、良い子ちゃんをやっている素直な楓雅は、周りから好かれていった。反対に僕は、悪さばかりして、捻くれまくっていったから、嫌われていた。

絶賛後ろ向きな僕に、いつだって楓雅は一緒に居た。飽きないの?って聞いてみれば、楓雅は顔を顰めて「お前の悪さに、胃の痛みで飽きる暇なんぞねぇよ」と、ぶっきらぼうに答えてくれる。そうして、僕は楓雅に依存する。





中学の時だってそうだ。

理不尽な物言いをして、自分の言っている事が間違っていないと信じて疑わない教師に、愛人が居る事を、証拠写真付きのビラを校内に撒き散らした事が問題になり、僕は一週間の停学処分を食らった。それが気に食わなかった僕は、その教師を吊し上げて、放置した。それも問題になって、停学処分の期間が長くなった。

「ねぇ、楓雅。今度は、もう…一緒に合わせてくれなくていいんだよ?今回は、僕もやりすぎたと思うし」

「………そう思うんならやるなよ」

高校受験なんて出来るわけなかった。受験日当日、僕は停学処分中だったからだ。楓雅はもちろん行った。それは親の命令でもあった。だが、結局成績の首位を陣取っていた楓雅は受験に落ちた。わざと落ちたのなんか目に見えてわかった。

楓雅はここでも僕に気を遣った。それが、なんだかやる瀬なかった。

「どうして、手を抜いたの」

革張りのソファに座って、大人しくゲームをする僕を一瞥した、楓雅は遠くを見ているような目をした。

「どうして、だろうな。自分でもわかんねぇよ。気付いたら時間になってて、一問ずつ答えずらして書いてたし、最悪、受験番号書き忘れてたし」

結局、それも楓雅の優しさだった。僕を一人にしない為の詭弁にすぎない。その優しさが、嬉しくもあり、鬱陶しかった。

落ちぶれるのは、一人だけで良かったし、楓雅まで一緒に落ちぶれてどうするんだよ。って怒鳴った所で、楓雅は歯牙にも掛けないだろう。面倒臭そうに、当時まだ黒かった髪を掻き揚げて、胃薬に手を伸ばしていただろう。

「バカじゃん」

「お前よりは頭良いと思うけどな。俺、喧嘩とか嫌いだし」

「………僕だって、殴り合いとか好きじゃないよ。唯一の良い所が傷付くかもしれないしね」

「なんだそりゃ」

ゲーム機本体の電源を切って、テレビを消す。

「楓雅、僕と離れたかったら言ってね。僕は楓雅みたいに皆に優しくなんかできないけど、だけどね、楓雅にだけは優しくしてあげなくもないからね。到底素直になんかなれないけど、楓雅と僕は双子だけど、違う人間なのはわかっているから。同じで、不変なんてこの世には存在しないんだから」

ニッコリと笑って見せて、部屋を出ようとすると楓雅に腕を掴まれた。

「変わらない事、あるぞ。絶対に変わらない事、それは」

するりと、僕の腕を掴んでいた楓雅の手が、不意に僕の頭を掴んで引き寄せる。ガチンと額と額がぶつかり合う音がした。しかも痛い。

「俺等が兄弟だって事は疑いようのない、不変だろう」

僕とは違った節くれだった手が、僕の頭を撫でた。

「……いつか、その優しさで身を滅ぼさないでよ」

「俺は、お前が思ってる程優しくなんかねぇよ」

何も答えられるずに、黙っていた僕に楓雅は言った。

「お前が例え落ちぶれていたとしても、俺がお前を引っ張り上げる。お前が捻くれていて、その癖人見知りが激しくて、性格最悪でもさ、俺だけは離れていかない。そうだな、離れてやってもいいけど、それは俺の代わりにお前を引っ張り上げてくれる誰かが現れた時だけだ」

そうやって、優しい言葉ばかりを投げ掛けられて、更に僕は楓雅に依存するようになる。楓雅の優しさは、僕の夢だ。夢の中だけは、僕に優しい世界を、楓雅は優しさで現実にする。

何をしても、離れてくれない楓雅に僕は甘える。




高校は爺さんが経営している学校に無理やりという形で、入学した。入学してすぐに、楓雅は髪を金色に染めて、僕は水色にしてみた。そうしてみても、気持ちは重かった。

そして、たった一日で楓雅は気の合う友達を見つけたようだった。僕も紹介された。

それが、佐賀八尋だった。またの名を、魔王佐賀。

銀色の髪に、両耳の位置に黒メッシュを入れたそれは、彼によく似合っていた。

けど、気に入らないのも事実だった。

「……デコピンしてあげようか」

「初対面の人に言う言葉じゃないでしょそれは」

気に入らない。たまたま同じクラスになったけど、奴はテストも受けなければ、人気も衰えるばかりか上がるばかり。更に、どんどん楓雅と仲良くなるし、あの魔王佐賀とは思えないぐらいに、表情豊かだ。

僕の知っている佐賀は、吊り上った目に金色に光る頭髪。まるで虫を見るような目で見下してくるその態度は、威風堂々としていて、容易に他者を近づけさせないものだった。

「なーんでサボってばかりで、テストもまともに受けない奴が生徒会に入れるわけ?」

「信頼の問題じゃねぇか?」

「ねぇ、僕の話聞いてた?あの態度で、なれる方がおかしいと思うんだけど」

楓雅の部屋にある革張りのソファに寝転がって、格闘漫画を読む僕は、絶賛楓雅の勉強の邪魔をしている。

「………わかったら、苦労はしない」

入学して、早五か月が経った頃に、生徒会選挙が行われた。生徒会長は、聖人君子を絵に描いたような人だったけど、それは見た目だけの話だ。あいつは絶対性格悪い。

同じく副会長に選ばれたのは、一言で言い表すんなら、ツンデレだ。しかもそれを体全体で表現してる。それと、佐賀と楓雅。残りは生徒会OBが、現生徒会の面倒を見るという形で、短い期間残ってくれているんだとか。

「楓雅は、生徒会なんかに入っていいわけ?」

「お前はバスケ部に入ってるだろ」

「それは蓮華ちゃんが言ったからで僕の意思じゃないしー」

「……マジ素直じゃねぇ」

一つ上の先輩、蓮華ちゃんは良い人間じゃない。表面上だけ笑っている人間ってだけだ。けど、素直に綺麗な人だとも思った。綺麗で、自分以外全て他人事で、そして、僕を甘やかすだけじゃなくて叱ってくれた。

それが新鮮だったのかもしれない。

「…蓮華先輩、良い人だよな」

「……そうだね」

「なんかあの人見ると頑張ろうって気になんだよな」

それはどういう意味?蓮華ちゃんに恋、しちゃった?

蓮華ちゃんは、楓雅には合わないよ。楓雅に合う女は、天然で甘ちゃんな考え持ってる子だよ。なんて言う気はなかったけど、なんか、嫌だった。




「蓮華ちゃんってさ、兄弟居る?」

昼休み、蓮華ちゃんを誘って、屋上庭園に来た僕と蓮華ちゃんは、数ある中のベンチに座って、まったりと弁当箱を広げていた。ちなみに僕は惣菜パンだったけど。

「え?」

「ただ聞いてみただけ」

「……居るよ」

少しの間思案したようだったけど、蓮華ちゃんはちゃんと答えてくれた。

「地味でね、可愛くないの」

「え?」

「全然私の言う事聞いてくれないの。最近なんて私が話してる間に煎餅齧りながら、ドラマ見てたんだから。それにね、私が選んだ服来てくれないし、他愛ない話をしてるのに、勉強の邪魔って、部屋から追い出すし、冷蔵庫に入ってた私のプリン食べちゃうし、もう、本当に嫌になっちゃうんだから!」

それは、なんでそんなに構うの。とか思ったが、その時の蓮華ちゃんは、本物の喜怒哀楽が顔に出ていて、ただのシスコンか、と思ったが、僕も充分楓雅に依存しているブラコンである事を思い出した。

「けどね、萌と一緒に居るの、すっごく楽しいの。普通の年子って仲悪いんだけどね、萌はちょっと考え方とか変わってるっていうか、心が広いっていうのとはちょっと違うんだけど、なんて言えばいいんだろ。こんな私でも受け入れてくれる、懐の深さがあるっていうのかな」

その蓮華ちゃんの言葉を聞いて、思い浮かべたのは楓雅だった。

「ふ、楓雅も、優しいよ」

「知ってるよ。けど、悠雅君も楓雅君だけには優しいじゃない。ちゃんと、優しさ返せてるの、凄く羨ましいよ」

微笑む蓮華ちゃんは、おもむろに卵焼きを差し出してきた。

「私の可愛い可愛い妹がね、私にって、お弁当作ってくれたの。幸せのお裾分けだよ」

そう言われて、箸に刺さった卵焼きを食べた。

甘くて、ふんわりと優しい味がしたそれに、僕自身が優しくなれるような気がした。

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