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廊下の窓の下で蹲っていると、後ろから不意に抱きしめられた。

「こんな寒い所で何をしてるんだ?もう六月とはいえ、まだまだこの時間帯は寒いだろう。風邪を引いたらどうするんだ」

「………へ?」

ギュウッと抱きしめる力を強められ、余計に逃げる事が困難となった。暖かな人の温度は安心感を覚えるはずだというのに、今は何故か悪寒しかない。

「阿澄、先生…」

いくつかの学校と掛け持ちして授業をしている阿澄凛(アスミ リン)先生は、かなり出来る先生だ。わかりやすい授業内容や、人柄によって獲得した信頼は鉄壁だ。

だからこそ、皆は私の言う事など信じない。いつだって、綺麗なものが信じられる。

一体、誰が信じられるだろうか。阿澄先生は、皆に疑惑を持たれない程度に、私を教壇に呼び、問題を解かせている間に、教台の影に隠れて見えない部分、つまり私の腰から下を執念にセクハラしてくる。だから、私はこの教師が凄く苦手で大嫌いだ。

今だって、私の下腹部を執念に触り、首元に顔を寄せて悪戯に舐めたり甘噛みしてくる。

「………っ」

「誰に電話してたんだ?」

ゆったりとした動作だというのに、力は驚くほどに力強い。携帯を奪われて、手慣れたように操作しているその指は優美だ。が、次の瞬間歪な音を立てて携帯の画面とキーボタンが離れ離れになってしまった。

「あぁ。すまない思いの外力を強く入れ過ぎてしまったようだ」

先生の棒読みの言葉よりも、何よりも携帯を破壊された事にショックを受けた私は、泣きそうになりながらも先生の腕に噛みついた。

「あぁ。やっぱり、可愛いな…」

耳元でそう言われ、ゾワゾワと悪寒が止まらない。

「食べてしまいたい」

そんな事を言われれば、叫ばずにはいられなかった。

「みぎゃあああああああ!!!!!」

必至の抵抗にか、それとも叫び声にビックリしたのかはわからないが、あれだけ強く抱き締められていたというのにあっさりと抜け出して、私はカバンと破壊された携帯を持って逃げ出した。

だから、後に阿澄先生が、

「萌は、本当に可愛いな」

と呟いて微笑んでいた事など知るわけがなかった。




逃げた先は、よく平岡さんに勉強を教えてもらっている公園だった。ちなみにうちの高校からこの公園は近く、そして、姉の通っている高校からも比較的近い。

「……………なんで、平岡さんが、居るんですか」

息絶え絶えになりながらも、日当たりの良いベンチで読書をしている平岡さんは相も変わらず格好良い。日の光に充てられて、天使の輪が出来る程サラサラの明るい茶髪は、まるで本物の天使のようだ。穏やかで優しそうな顔も、中身さえ気にしなければ、そのまま天使のようだ。

「良い質問だね。萌ちゃん」

パタリと本を閉じる平岡さんは、笑顔のままこちらを見た。

「サボりだよ」

いつも通り過ぎる平岡さんはサボりである事をなんでもない顔して暴露し、ベンチの端に寄って、私が座る場所を空けてくれた。

「なんだか、髪が乱れているね。いつもキッチリしてる萌ちゃんが珍しい」

「………あの、淫行教師にセクハラされました」

「阿澄先生かな?」

「…………」

なんでわかるんだ。

「阿澄先生の本職の学校って、一応うちの学校なんだ。だけど、阿澄先生って人気者なの知ってるかな?」

「はい」

「かなり出来る人でね、うちの学校だけじゃなくて色んな学校からもオファーが来るんだよ。で、ここら近辺だけならっていう約束で、三校行ってる。うちの学校とここ等辺で有名な私立中学。それから萌ちゃんが通っている女子校。その中でも頻繁に行っている学校は女子校」

ゾクリとまた悪寒がした。

「ちなみに、阿澄先生はうちの生徒会の顧問でね。いつも来ると蓮華ちゃんから萌ちゃんの事を聞いてる。そこで、阿澄先生って蓮華ちゃんの事が好きなのかな?って思ったんだけど、阿澄先生は蓮華ちゃん自体には興味がないみたいでね、妹の事ばかり聞きたがるんだ。そうしたら、自然と萌ちゃん狙いなのかもしれないなって思ってね」

顔から血の気が引くのがわかる。あの先生は始めっから私を狙って来たのだろうか。

「僕が思うには、あの先生は病気だと思って受け入れたらどうだろうか」

「私は、平岡さんに相談する事自体が間違いなのではないかと思っています」

本当にこの人は、他人の事になると情が薄過ぎて嫌になる。

平岡さんは、本の表紙だけを捲ると、また閉じるを繰り返している。それになんの意味があるのかは知らないが、わくわくしているような楽しげな、端整な顔の優しげな目に指を突き入れたくなった。

要するに、私が大変な状況に陥っているというのに、その表情はなんだ。イライラする。イライラする。イライラする。イライラする。大事な事なので四回言ってみた。

「萌ちゃん、いっその事、うちの学校に転入してきたら?」

「嫌です」

「どうして?蓮華ちゃんが居るから心強いと思うのに」

「そういう事に関して、姉が役に立てるとは到底思えません。それに、姉はあぁ見えて、人見知りが激しいんです。平岡さんと姉のやり取りを見てたら、なんとなくわかりました。姉は、一切貴方達の事を信用してなんかいません」

小学生の頃、姉は今よりもずっとずっと喜怒哀楽がはっきりしている明るい人だった。でも、それを1日で壊したのは、小5の時の姉の担任の教師だった。その教師は、姉に猥褻行為を働いたのだ。そこから、本来の姉の喜怒哀楽は無くなってしまった。姉が本心をぶつける事が出来るのは、家族だけとなってしまった。

とにかく、家族へ迷惑を掛けまいとして、外面だけ良くするようにしていたら、姉はただの明るい、笑顔だけを見せる人になってしまったのだ。他人に本心を見せる事を無くしてしまった姉は、ただただ不器用な生き方をしている。

「なんとなくわかってたよ。あー、蓮華ちゃんも僕達と同じなのかもなーってね」

「……同じ?」

「君に言うほど、仲が良いわけじゃないでしょ。だから言わない」

「不思議なほど、平岡さんに興味ありません」

ピキっと固まってしまった平岡さんは次に起こした行動は、私にヘッドロックを仕掛ける事だった。


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