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私の家族は所謂芸能一家だった。パパはカメラマンでモデル。まぁ、撮る方専門だから、モデルの仕事を請け負う事は希。ママは、国民的な大女優。その美しさは若い頃から変わらず、今はその美しさに熟成が掛かり、艶美だとよく言われている。下の弟と妹はキッズモデルと、子役の両方をしている。そして、私はたまにモデルをやらされるけどそれも極希で、普段はちょっと浮いているだけの普通の女子高生だ。そして、話は長くなったが一番の本題に入りたいと思う。
私の兄は、完成された美形だ。
スーッと筋の通った高い鼻。パッチリ二重は吊り上っていて、色気を醸し出している。睫は長くて量もあって、ツケマ要らず。眉も整えていないのに、理想的な形の男らしい眉毛。輪郭だって、素敵なシルエットを描いていて、その輪郭に合わせて肉が付いていると言ってもいい程理想的な輪か…(以下略)
とにかく私の兄は、絵に描いたような理想的な容姿の男であるのだが、妹の私からは言いたくはないが、兄の唯一無二の欠点は、「空気が読めない」という事である。
「湊ー」
兄の呼び声で、パタパタとスリッパを鳴らして行けば、相変わらずの美形が私を出迎えた。
トイレで。
「何よ」
「ごめん。トイレットペーパー持ってきてくれね?」
奇抜な緑色の短髪だというのに、その美しさを損なわない男は、遠慮がない。完璧な男が好きな私からしてみれば、後は中身。中身なのだ。そう思いながら、トイレットペーパーを兄に渡す。トイレのドアを閉めて学校に行く準備をしようと足を動かそうとしたら、
「ごめん。湊もトイレだったか?」
「ごめん。イライラする」
兄のデリカシーの無さは、世の女性の妄想を酷く傷付ける。
兄は、理想的な男性だ。初めて兄を見る人はその見た目に騙されて、老若男女拘らず、食虫花に集る虫のよう。
「吉兄は、彼女とか作らないの?」
「なんでか出来ないんだよ。最初はそこそこ良い雰囲気かもとか思った瞬間には、女の子は俺から離れて行ってるしさー。女って難しいな」
存外、兄が思っているよりも女って単純な生き物だと思うわ。とは言わなかった。何故ならば、そんな単純な女心も理解出来ない兄にとってめちゃくちゃハードルの高い事だとわかっているからだ。
「なんでもないわ。学校に行ってくる」
「ハンカチとティッシュは持ったか?」
トイレから出てきた兄は、手をハンドタオルで拭いながら出てきた。それだけでも絵になる出で立ちは感嘆ものだ。
「そういえば、ティッシュ持ってなかったわね」
「ホラ、持ってけ」
そう言った兄の手には、トイレットペーパーがあった。
私はそれを華麗にスルーした。
「行ってきます」
「あれ?湊ー。湊ティッシュ持ってないんだろ?遠慮せずに持ってけよ!湊ー!」
今日の朝も騒がしい。
学校に着くと、親友のアリスが教室で出迎えてくれた。
アリスは有名な雑貨の会社のご令嬢である。その気品と、持ち物の可愛らしさは校内一を誇る。
「湊。おはようございます」
「おはよ」
平均以上の高い身長の私よりも、身長の高いアリスは、天然パーマの長髪を腰まで伸ばし、兄には劣るものの、整った美麗な顔をしている。私とは違って、その凶悪な胸部に、男共はいつもノックダウンしている。隣に私も居るのに何故かしら。
「今日は、なんだか機嫌が麗しくないようですが、いかがなさいましたの?」
「なんもないわよ。強いて言うなら、吉兄関連かしら」
「それはそれは、今日もお疲れのようですわね。紅茶でもお飲みくださいな」
そう言って、アリスはよく見るステンレスの魔法瓶を取り出して、プラスチックの蓋を開けようとする。そこで、普通は聞けないバギャッという音が教室中に響いた。
「あらあら。プラスチックなのを忘れていましたわ」
アリスは、文字通りの怪力の持ち主である。
アリスの華奢な手の平には、無残にグチャグチャにされた魔法瓶の蓋。普通ならば、その蓋に液体を注ぎ込んで、飲む。というのが一般的な用途である。
ちなみに、私の周りには普通と評される人間は居ない。気付けばそうなっていたのである。私は、無言で小学校からの常備品である紙コップを取り出して、魔法瓶を半ば奪い取るような形でアリスから奪うと、無言で紙コップに注ぎ、魔法瓶をアリスに返す。アリスは、蓋の空いている魔法瓶の縁を、魅惑的な桃色のふっくらとした唇に付け、それを傾けた。
コクコクと、愛らしく喉を鳴らして飲んでいるその様は、気品溢れているが、所詮はラッパ飲み。シュールだ。
「飲みませんの?」
「いや、飲むわ」
アリスの家の紅茶は絶品だ。絶品故に、なぜアリスがラッパ飲みなどするのかわからない。
「ところで、今日は阿澄先生の授業が入ってるわね」
「そうですわねー。今日は来るといいですわね」
阿澄先生は、うちの吉兄の美形に劣らぬ容姿をしている。うちの中学ではモテモテの教師なのだが、あまりの優秀さに、周りの学校からも教壇に立ってくれと依頼されているぐらいに出来る人だ。容姿だけの兄とは違う魅力があるが、あくまで私は面食いなので関係ない。
そんな阿澄先生が最近まめに行っている学校は、ここら近辺でも有名なオツムの弱い生徒達で溢れている女子校だ。そんなにバカ校の生徒は教えがいがあるのだろうか。
結局、この日も阿澄先生は来ず、もう定番と化した先生が代わりに授業をしにやってきたのだった。




