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嫌いな食べ物はなんですかと問われた時、私は迷いなくこう答えるだろう。紅茶である。食べ物じゃないじゃーん。とか思わないでいただきたい。私はあのあっさりとした感じが嫌いなのである。コーヒーばーんざーい。と本日の我が家のドリップコーヒーは、お気に入りのカフェで購入したオリジナルブレンドのコーヒーであるのだが、全て姉の手により炭へと変貌を遂げた。ビフォーアフターならぬ、ビフォービフォーである。アホな事言ってると思われるだろうが、これでも学年主席である。バカ校の。

「のおおおおおおおお!!!!!!」

「は、萌、ごめんね!お姉ちゃんが悪かったから、気を落とさないでって、あぁ、めっちゃ気落としてる!どうしよう、お母さん!」

「のおおおおおおおお!!!!!!」

「ここには敵しかいないのか!!」

我が母は、私属性の人間である。そして、父はそんな(ひと)を自分の妻に迎えた勇者である。

「パパー。なんとか言ってよ」

「パパもコーヒーが飲みたかったな」

シュンと項垂れる父はごーいんぐまいうぇいを貫く腹黒である。「例え娘だろうと、愛する妻を苛める奴は許さない」が、父の装備品の一つでもある。故に、ここに姉を助ける者は居ない。

「……は、萌!帰りに萌が一番好きなコーヒー豆買ってきていいから許して!お姉ちゃんがお金出すし!」

「グッスン」

それで納得した私は、姉から二千円札を受け取った。姉の財布の中には何故か源氏物語がギッシリ詰まっていた。

「これで学校帰りに買ってくるのよ。余計な物は買っちゃダメよ。お菓子は300円までなら許してあげる。あ、後知らない人に付いて行っちゃダメよ。それから、ハンカチとティッシュは持った?萌は昔っから忘れっぽいんだから、お姉ちゃん心配。それからそれから…」

「行ってきます」

延々と続きそうな姉の心配事は聞かなかった事にして、今日も登校した。





ら、なんかキラキラした女の人が私の席に座っていた。

「おはよう」

「……おはようございます」

星宮凛音(ほしみや りんね)。黒いショートの髪に、大きくパッチリとした吊り上った茶色い目。立ったら、スラリと長い手足をしている美少女だ。星宮さんは、一個上の先輩で常に学年主席。しかも高校始まって以来の才女と言われている。皆の憧れの存在である。

「君、百合城学園の生徒と仲が良いらしいね」

百合城学園とは、姉が通っている学校で、幼稚部から大学まである大きな学校だ。ここら辺では有名の私立でしかもエリート校でもある。

「そりゃ、姉妹が居ますから」

「そう。君の身内は、君と違って出来が良いらしいね」

「はい!」

元気良く答えた。

「…嫌味を言ったつもりなんだけどな…」

「理解しております」

そんな事は百も承知だ。姉と私は月とすっぽんな間柄なのだから今更ではないだろうか。星宮先輩は急に何を言っているのだろうか。私には理解できない。

「………困ったな。私も君をイジメに来たのに、君をイジメている彼女達は随分と根性があるみたいだね。私なんか、もう関わりたくないのに」

失礼な。

「はぁ。そんな気はしてましたが、実際にそう言われると落ち込みます」

「そんな風には全く見えないんだけどね」

真顔で言っているのに、私の気持ちは伝わらないと、そういう事なのだろうか。どうでもいいけど、この人何しに来たんだろうか。

「すいません。あの、私に何か用事があって来たのではないのですか」

「……あ、あぁ。そうだった。私には百合城学園に知り合いが居てね。名前は」

この時、もしもこの時に、星宮先輩の口を塞ぐという暴挙に出れたら何かが変わったのだろうか。私は、ただ何もする事なく、先輩の口から出る名前を聞いているだけだった。後付けされた説明は、その人を侮蔑するもので、私は堪らず教室を出た。





「滝瀬斗鬼って知ってる?」





私は、“滝瀬斗鬼”という人をあまり知らない。

だけど、ツンデレで、心配性で、いつもいつも自分よりも他人を優先出来る優しい人間なのを知っている。だから、“滝瀬芸能事務所の息子”なんて知らなかった。この先も知る必要もなかったけど。ただ私は、斗鬼を友達として大切で、だからこそ心配で、だからこそ、斗鬼は斗鬼のままが良かったのに、どうしてあの人はその関係をぶち壊そうとするのだろうか。

どうして、

「モデルやりたいんだよね。だからさぁ、もし君が滝瀬君と知り合いならそのコネを使えないかな、と思ったんだよね。話すだけでもいいからさ、頼んでみてくれないかな」

そんな事言うのかな。

私は、足を止めて廊下の窓の下で蹲る。不変なんてありえない。そんな事はわかっていたつもりだ。だからこそ変わらないものもあってほしいと思うのは至極当然の事ではないのだろうか。

携帯を開いて、斗鬼に電話を掛ける。もうHRが始まっている時間だろうから、出る可能性は極めて低い。見た目に反して真面目な斗鬼が授業をサボるとは思えない。だけど、少しだけ声が聞きたかった。案の定、留守電に入ると私は淡々と言った。

「斗鬼。私、今日先輩にモデルになりたいんだけど、コネでなんとかならないって言われちゃった。一応報告。だけど、」

ピーという音と共に、電話は切れてしまった。いつの間にか三分が過ぎてしまったようだ。

まるで大事な物を握りしめるように、私は携帯をギュッと握りしめていた。



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