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昔から色素の薄い吊り上った目が俺は大嫌いだった。
それが悪化したのは、歳の離れた妹に怖がられたからだ。明確な理由がわかっているから、俺は前髪で自分の目を隠すようになった。隠すようになってから、視界の狭さが心地よくなった。
「しーろくーん」
「…なんだ。木野か。どうかしたのか?」
「なんかないと話し掛けちゃダメなのかな」
ニコリと笑う木野は、とっても可愛いと思う。思わず顔が熱くなるのを止められなかった。
「いや、そんな事はない」
「そう。もうすぐで体育祭がるね」
「運動会の間違いじゃないか?」
「一応、記録するらしいし、変に力抜いたら成績に関わるので皆真剣だよ」
廊下の窓枠に両手を乗せると、木野は遠くの方をジーッと見ていた。何かに思いを馳せるようなその眼差しは、どこか寂しげだ。
「私、体育祭楽しみなの」
そう言った木野の目は笑っていなかった。
木野は、俺の目を優しくて好きだと言ってくれた。事実、木野は一度だって俺を怖がったりはしない。俺が偽善者だという事も知っていて、傍で笑ってくれている。だけど、きっとそれは、木野も同類だからだろう。
部活が終わる頃に、最近練習に熱心な後輩が話し掛けてきた。
「城先輩、今日は早いですね」
「あぁ。妹を迎えに行かなきゃならなくてな」
「へぇー。俺も一緒に行きます」
「なんでだ」
歳の離れた妹はとても可愛い。まだ幼稚園に通っている妹は、俺の天使だ。
「いいじゃないですか。たまには」
中学からの付き合いであるこの後輩は何か話したい事があると必ず俺と一緒に帰ろうとする。スランプに陥ってた時は毎日のように付きまとわれていた事を思い出してぐったりしそうになる。
東雲颯。バスケにおいての天才児。今年の夏は優勝出来るかもしれない、と部員達の士気が上がっているのもコイツのお蔭と言っていい。それぐらいに東雲は強かった。
「俺、蓮華先輩の事、好きだと思ってました」
まだ肌寒い外の空気に晒されながら、俺はいつものように東雲の声に耳を傾けた。
東雲は、木野を追ってうちの学校に入学してきたと専らの噂だ。
「けど、違いました」
淡々と語る東雲の視線の先には何もなく、東雲が何を想い、何を見つめているのかは知る気にもならなかった。
「俺、蓮華先輩の事はただの憧れだったみたいです」
「は?」
「ある子に、言われたんですよ。好きは幻想。嫌いは認知。愛は現実って」
「なんだそりゃ」
「そう、思いますよね。でも、結構当てはまってるんですよ。これが」
東雲が言うには、「好き」という感情は、独占欲的な物らしい。逆に「嫌い」という感情は嫉妬や自分を高位に見せたいと思う感情なのだとか。それを聞いた俺はへぇー。
「それは、その子が言ってた事を俺風に訳したんですけど、最後の最後に『愛はなんだかんだ言って好きなんだと思う』って言われた時、俺の中で一番先に過ったのはバスケだったんです。俺にとってバスケっていうスポーツは愛する存在で、蓮華先輩は、俺があんな風になりたいっていう憧れだったんです」
キラキラと目を輝かせて笑みを浮かばせる後輩に、残酷な事を言いたくなった。
「そんな、憧れるようなもんじゃねぇけどな」
木野は、八方美人だ。絶対に、自分の領域には誰も入れさせない。男女関係なく分け隔てなく接する木野は、関わらなければ良い奴。けど、それは逆だ。関わりたくないから良い奴を演じている。
きっと、俺を怖がらないのは、俺の事をなんとも思ってないからだろう。
「なんか、言いましたか?」
「いや、なんでもねぇよ」




