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短めの黒い短髪に、吊り上った目。視力が悪い為掛けざるを得なかった赤いフレームの眼鏡が少し煩わしいとすら感じていた当初は、違和感を拭えなかった。今となっては、むしろ掛けていない方が違和感だ。慣れとは恐ろしいものだな。
俺は、現在通っている学校の生徒会副会長を務めている。名は和泉明吉。高校三年生、受験生である。学年次席で、主席は平岡だ。ちなみになぜこんな説明をしているかというと、言わせるな。
「あの、本当に嫌です!」
「いいじゃねぇかよ。俺達と遊ぼうぜ」
「本当に困ります!」
「おーっと俺達が優しい内は素直になってた方がいいぞー」
「…………」
ゴホン。なんとも気持ちが悪いな。
男が二人。ナンパされて困っている女が一人。そして、その間に置かれている、置物のように黙って、冷たい目をしている少女が一人。どういう状況だ。とっても興味深いな。
「おい、お前達。ナンパか」
「っげ!副会長!」
「大衆の面前で恥を晒すな。我が校の名が廃れるだろう」
「う、うううううっせぇよ!!なんならあなた様も一緒に暇そうな女性をお遊びに誘われませんか!!?」
「なんで丁寧に喋ってんだよ!!おかしいだろ!も、もういい!逃げるぞ!!」
前にも同じ事で痛い目に遭わせたからかアイツ等は行ってしまった。そして残った女からは酷く感謝され、お礼がしたいと言われたが断った。だが、なぜか生暖かい目で見られた。
「本当に本当にありがとうございました!」
「いや、何もなかったんならそれでいい。我が校の生徒が大変失礼した私から詫びを入れよう」
「い、いえ、」
最後にまた「ありがとうございました」と言って女は行ってしまった。後に残されたのは、ナンパと被害者の女の間に居た女と俺だけだった。
「君は、怪我はないのか」
「はい。ありません」
「そうか。っふん。何故君はあんな所に居たんだ。怪我でもしたかったのか?それなら助けなかった方が良かったかもしれないな」
思いがけず、思っている事とは裏腹な事を口から出す。
これは、昔からの癖だ。素直に言う事が出来ない俺はいつもいつも後悔ばかりだ。なのに、周囲の人間は、そんな俺の気持ちをわかっているかのように接してくる。俺に関わる連中は、揃いも揃って優しい人間ばかりで、俺はいつも惨めに感じてしまう。もう少し素直になる事が出来るなら、もうちょっと気の利いた事を言えたなら、もっともっと平岡や佐賀のように周囲に優しく出来たなら、俺はいつもそう思う。
それは、俺の一種のコンプレックスだった。
「ありがとうございます。凄く困っていたので助かりました。まさか通りすがりの私を盾にされると思ってなかったので、本当に助かっています」
この女もまた俺に優しい。
「お礼を言うぐらいなら一人でこんな所に来るな」
「はい。心配してくれてありがとうございます」
「心配などしていない!なぜ、俺が初対面の女にそんな心配などしなければならない。俺はただ我が校の名を汚すような輩を見逃せなかっただけだ」
また、素直になれない。ここの通りは治安が他よりも多少悪いから一人で来るとさっきのように絡まれる危険性がある。過去にレイプ事件や、窃盗事件も相次いだ通りだ。用心する事に越した事はない。とにかく危ないからここには一人で来るなと言いたいのに、素直になれない口は心にもない事を言う。
「まぁ、襲われたいのならいつでもここに来るがいいお前のような痴女なら相手してくれる男も多いだろうしな」
「はぁ。ご忠告ありがとうございます」
自分でも思うがこれのどこが忠告になるんだ?まぁ、こういう事はよくある事だから今更気にはしない。
「お礼に、これを差し上げます」
女に差し出されたモノは、うちの高校近くの個人経営のカフェのケーキ無料券だった。俺はそれを無意識の内に手に取ってしまった。
「べ、別に甘いものは特別好きではないが、貰ってやらん事もない。いいか、これはお前が俺にどうしてもと言うから貰うだけで大した意味はない!わかったら、さっさと帰れ!」
俺はそう言って、速攻そこのカフェに行こうとしたが今から行けば、きっと女性客で賑わっている事に気付く。仕方ない。閉店間際に行こう。確かあそこは持ち帰りも可能だったはずだ。
「なんであの人、口はあんな素直じゃないのに、動作は物凄く素直なんだろう」
俺は知らなかった。その女が木野の妹で、俺が去った後でそんな事も呟いていて、その夜、木野を爆笑の渦に巻き込んだのを。




