第二十二話 黒幕の可能性(1)
直前に人が死んだとは思えないほど豪華絢爛に振る舞われた昼食は、料理家に事件のあらましを説明しながら行われた。円卓での座り順は、厨房へ一番近い位置に座った料理家から時計回りに写真家、配達員、警部、一つ席を隔ててモデル、音楽家、新米警官の順であった。
新米警官と写真家に挟まれた料理家は右隣から事件のあらゆる情報をメモした手帳、左隣から脚本家の事件発生時の現場写真をそれぞれ見せられ、二人掛かりで一から事件について教え込まれながらご飯を食べることとなった。そして一通り彼への事件の説明が済むと、次はその間に他のメンバーで回し読みしていた『舞台【文化荘の殺人(仮)】』の台本を読ませながら、直前に起きた俳優の首吊りに関しての意見交換を始めたのだった。
事件を推理するに当たって人数は多いに越したことは無いし、何も知らない料理家への説明は、各々がそれまで起きた事への理解を深めるのにも役立った。
「……で結局、二人を殺した黒幕ってのは誰なんだろうな?」
食事を終えて状況を把握し終えた料理家は開口一番、問題の核心をついた。
「それが分からねぇからこうして話してんだろうが」
警部がぶっきらぼうに返す。少しイライラしているのは、料理家の用意した料理の中で最も匂いのきついパイ包みのガーリックスープをただのパイと勘違いして齧り付き、服に大量に溢したせいだった。ズボンにはまだ染みが残り、強烈なニンニクの匂いも辺りに漂っていた。
「だから議論しようとしてんだろう⁉︎料理の説明をしなかったのは悪かったよ、カッカすんなよな」
料理家の反論に頷きながら、音楽家が話し出す。
「この台本だと、事件は最初に死んでた事になってる脚本家の自作自演だから黒幕は脚本家ってことになるねぇ。けど実際はホントに死んでしまった……つまり被疑者死亡ってことにならないかい?」
ここで読者の方々にも、この場の全員が目を通した台本『舞台【文化荘の殺人(仮)】』の内容について簡単に紹介しておかねばなるまい――
物語は主人公の俳優が脚本家から、完全犯罪をテーマとしたサスペンス作品の台本を提案されるところから始まる。俳優はその台本から、舞台用に考案されたトリックを利用して脚本家を殺害しようと思い付き、実際に事件を起こしてしまう。舞台のメインは、そうして起きた殺人事件を屋敷の住人達が推理していくサスペンス調の会話劇である。
作中の台本でも事件は密室殺人として行われ、手口や容疑者すら絞れない中、犯人は事件発覚よりも前に別の部屋で閉じ込められていた事が判明し、それがアリバイとなって容疑から外れつつ捜査に参加することになるはずであった。しかしそれらのトリックは写真家の目撃によっていとも容易く看破され、俳優は犯行を自供する羽目になる。
完全犯罪の目論みは一瞬で水泡に帰したと思われたが、俳優はそこで機転を効かせて真犯人を捏造し、その架空の真犯人によって閉じ込められている体で自室に立て篭りを続ける。そこからアドリブで演技を続け、どうにか台本に沿った完全犯罪の完結を目指すのだった。彼は部屋の外で推理を進める住人達に時折メッセージを送る事で、彼らの捜査を撹乱しながら元の筋書きに事態を近付ける為の誘導をしていくが、時が経つにつれて隔離されている事による閉塞感や疲弊、そして自責の念から、殺した脚本家の幻影に苦しめられ追い詰められていき、最終的には自殺してしまう。
俳優の死を前に、真犯人を突き止められなかった事を悔いる住人達だが、最初に死んだと思われていた脚本家が実は一命を取り留めていた事が判明。帰ってきた彼が台本の存在と俳優の犯行を証明する事で、事件は一応の解決を迎える。
最終幕は脚本家の一人語り。一連の出来事は俳優を自殺に追い込む為に立てられた計画だったことを独白し、完全犯罪として犯人と被害者の関係性が逆転して終幕する。
――さて、この事件が全く台本通りだとすると、音楽家の言う通り脚本家が生き残っている必要があった。新米警官が俳優の書き置きを手にして発言する。
「台本は俳優さんも読んでるはずっす。その上でこの書き置きには、わざわざ脚本家さんと書き分けて黒幕って書いてるんすよ」
「じゃあやっぱ、台本の設定とは別に黒幕が居るってことになるのか?」
「今のところ、黒幕は文化荘の関係者ってことにはなってるっすけど……」
新米警官がメモ帳を見ながら答えると、料理家は目を見開いた。
「おいおい!ってコトは今、この場に殺人犯がいるってことかよ?勘弁してくれ、俺様は舞台とも画家とも何の関係も無いぜ!」
「関係無いだってぇ?おいおい、キミは画家さんに大層熱を上げてたじゃあないか。彼女が亡くなった当初、オレはフラれっ放しのキミが逆恨みで起こした犯行だろうと疑ってたくらいだがねぇ」
音楽家がヤジを飛ばすと料理家はグッと睨み付け、唾を飛ばしそうな勢いで反抗した。
「やめろ!標的になったらどうしてくれるんだ!黒幕よ、誤解してくれるな。確かに俺様は画家に何度か告白したことがある。けどそれだけ本気で彼女に恋してたんだ、だから彼女を傷つけるような真似は誓ってしていない。画家が死んでから俺様は仕事を全部キャンセルして二週間、喪に服したんだぜ」
「あぁ、それ覚えてるわ。料理家さんが塞ぎ込んじゃって、あの二週間は碌な食べ物が無くて大変だったのよねぇ」
目を赤らめて興奮気味の料理家をモデルが宥めた。
「心配しなくて大丈夫よ、狙われてる最後の一人はアタシなんだから……それより本当にこの中に黒幕が居るのかしらね」
「それなんですが状況が変わった今、必ずしもそうとは言い切れないかもしれません」
「あら探偵さん、また新しい推理が出来たのかしら?聞かせて頂戴よ」
「探偵って呼び名は畏れ多いので勘弁して下さい……」
「そうかしら?似合ってると思うけど。続けて貰える?」
悪戯っぽく笑うモデルに促され、ボクは恐る恐る自分の考えを語る事にした。




