ランク無し少女リア

　街へ戻る途中のことであった。街の郊外にはスラムに近いのだろうか、廃屋やボロ家が立ち並ぶエリアがある。

　貧しい身なりの人々や明らかにカタギではなさそうな男たちがうろうろしている。俺は何とも言えない気持ちになったが、特に何か出来る訳でもないのでそのまま歩いていく。そんな中、五人のガラの悪そうな男たちが一人の少女を囲んで因縁をつけているのが目に入った。

「ああ、ここは荒くれ者が集まるから治安が悪いんですよ」

　イリスが平然と解説する。

「いや、分かってるなら何とかしてやろうよ」

「そうは言っても魔族を警戒する兵士を街の警備に回すのはおかしいでしょう？　それに魔族と戦うための軍勢を維持するにもお金がかかるのです」

　そう言われると反論は出来ない。人間の中の悪いやつは一握りだが、魔物は多分大体敵だからだ。

　とはいえ、せめて目の前の少女ぐらいは助けたい。そう思った俺は男たちに近づいていく。四人のランクはCで、一人だけUCが混ざっている。Cの奴らがUCの不良に媚びて弱い者いじめをしている光景は不愉快だ。

「おいおい、お前ランクなしか？」

「一体どんな悪さをしたらランクなしなんて状態で生まれてくるんだよ」

　そんなことを言いながら男たちは少女をどついたり蹴ったりしていたぶっている。少女はされるがままになっており、男たちの罵詈雑言にも特に言い返さない。

　が、俺は男たちの言葉に違和感を覚える。

「イリス、ランクなしの人間なんているのか？」

　少なくともこれまでの人生で聞いたことはない。ランクがなしというのは最低位ということと同じなのだろうか。

　いや、仮にそうだとしてもいじめていいという訳ではないが。

「いえ、そんな人はいませんよ。生きとし生ける者、皆C、UC、R、SR、SSRのどれかのランクを持っているはずです。……さらにその上という例外もありますが」

　イリスはちらりとこちらを見る。が、何度少女を見てもランクのイメージが浮かんでこない。格下であればランクは絶対分かるはずなのだが。イリスも何かの呪文を唱えるが、分からないらしい。

「俄然興味が湧いてきました。もしかしたら高ランクの魔族が人間に化けて侵入しようと思っているのかもしれませんし。まあ、詳しいことは助けてからにしましょうか」

「分かった。……おい、そこの低ランクども。くだらないことしてるんじゃねえ」

「何だぁ？」

　俺たちが歩いていくと、五人が一斉にこちらを振り向く。そして俺たちの姿を見て驚愕の表情を浮かべる。

「やべえ、二人ともランク不明だぞ！？」

「こんなの無理だ！」

「逃げるしかねえ」

　男たちはまず口をパクパクさせて驚き、次の瞬間には一目散にその場を離れていく。

　俺たちのランクが分からないということは両方とも格上だと悟ったのだろう。まさか、SRとSSSRだとは思ってもいないだろうが。とはいえ、無駄な戦闘が減ったのはいいことだ。

「ランクっていうのはある意味平和なんだな」

「弱者には残酷な平和ですけどね」

　そんな訳で残された少女に俺たちは近づいていく。いたぶられていた少女はぼろぼろの身なりで体中に擦り傷があり、汚れている。

　しかしその目つきには何者をも見通すような底知れない恐ろしさがあり、只者ではない風格があった。一瞬、この世界の人間ですらないのではとすら思わされた。

髪は肩までほどまで伸びており、顔も汚れているがまだあどけなさが残っていて、身なりを整えれば可愛らしく見えそうだ。

「大丈夫か？」

　俺が近づくと少女と目が合う。すると少女はかっと目を見開いた。

　そして俺の方を見て絶句する。

　失礼だな、と思ったがまるで初めて俺を見た時のイリスのような反応だ。ということは彼女も……

「SSSR！？　私、いじめられすぎてついに頭おかしくなったかな」

　そう言って少女はぽかぽかと頭をたたいてる。

「やめろ、俺は本当にSSSRだから安心しろ。ていうか何で分かるんだ？」

　こいつのランクが不明なのはSSSRより上だからなのか？　しかしこいつはランク不詳というよりは「なし」という感じなのだ。とはいえ、こればかりは直感的なものなのでそうとしか説明できない。

「……分かるものは分かるとしか。それで天下のSSSR様が私に何の用？」

　少女はいぶかしむように俺を見る。

「なあ、確かイリスは格上相手でもランク見えるんだよな？」

　初対面で俺のランクを見破っていたはずだ。

「ととと、当然ですよ。神様がランクを司っている以上SR神官たる私に見えないはずがないじゃないですか！」

　珍しくイリスが動揺している。

　やはり彼女でも分からないのか。

「それじゃ教えてよ、私のランクは何？」

　少女が無表情に問いかける。

　イリスの額に汗がにじむ。

「こうなったら……セレスティア神よ、我目の前の少女の格を明らかにせんことを願う」

　イリスは何か呪文のようなものを唱えた。今度は本気の呪文なのだろう、イリスの手から何か光のようなものが出て少女の身体を包む。

　が、次の瞬間イリスは愕然と膝を突いた。

「……え、分からない？　このSR神官たる私が？」

「だよね。今まで誰も私のランクを識別した人はいなかったから」

　少女は少し安心したように言う。

「失礼なことを聞くが、普通に人間だよな？」

「そりゃそうだよ。ただ能力だけで言えばC未満だけどね。それでこのざま」

　少女は自嘲気味に言う。

　とはいえ、俺のランクを見抜いた以上、何かありそうだが。イリスはよほど自分の力が及ばなかったことがショックだったのか地面に膝ばかりか手までついて落ち込んでいる。

　逆に少女の方が俺に興味を持ったようで話しかけてくる。

「ねえ、あなたは何でSSSRなの？　ていうかそんな人がいるなんて聞いたことないんだけど」

「それは俺が加護を受けた勇者だからだ」

「なるほど。勇者様と召喚した神官様という訳ね」

　少女は納得したようだった。

「偶然そんな方々と会うなんてついてるのかな。私の名前はリア。私のこと、勇者様と高位神官様ならきっと高潔な人格の方だから、話そうかな」

「いや、こいつ相当俗物だぞ」

「え」

　思わず出てしまった俺の本音にリアの表情が固まる。俺たちを信用して何かを話そうとしていたがやめた雰囲気がある。

「あ、じゃあ私やっぱりただのいじめられっ子なので。助けていただいてありがとうございました」

　少女は何かをごまかして去っていこうとする。そんな彼女の前にイリスが回り込むようにして止める。

「ちょっと待ってください、私が高潔じゃない訳ないじゃないですか。何と言ってもSR神官ですよ？　私の高潔な志に感動した神様がSSSR勇者という規格外の存在を遣わしてくださった、そんな私が、俗物な訳が、ない！」

　イリスはリアに向かって高潔な人なら絶対に自分から言わないようなことをまくしたてる。リアも胡散臭そうに聞いていたが、俺とリアを交互に見る。

(ちょっと、何言ってるんですか！　あなたのせいで何か重要なことを言ってくれなくなってますけど！)

(ごめん、ごめんって！)

「まあ、SSSR勇者を召喚したということはそういうことなんだろうね」

　俺がフォローするか迷っていると、リアは勝手に納得してくれた。これがイリスの押しの強さの賜物だろう。いや、実績に騙されてはならない！　と俺は声を大にして叫びたかったがそれでは話が終わってしまう。やむなく俺は納得した風を装った。

「じゃあ私の話だけど……」