10、
とりあえずバーナードに探らせる(バーナードが女たらしぶりを発揮する回り道が入ります)/地元に詳しいマリリエンヌに探らせる(女の情報網を駆使して問題の核心へ)
→マリリエンヌに進みました
初めて抱き上げたクレアの体は、フリルなどの飾りがたくさんついたドレスを着ていても軽かった──。
ルイスが泣き疲れて眠ってしまったクレアを抱いて隠れ家のような庭園を出ると、心配そうな顔をした家政婦のマリリエンヌと神妙な顔をした従者のバーナードの二人が、ドアを押さえてくれたり階段の足元を見てくれたりして、クレアを無事夫婦の寝室のベッドに横たえることができた。
マリリエンヌがクレアのドレスを緩めると言うので、ルイスはバーナードと一緒に隣室に移動する。
扉を静かに閉め振り返ったバーナードは、クレアの事が心配で部屋の中をうろうろしだしたルイスに向かってぼそっと呟いた。
「ヘタレもやるときゃやるんですね」
「おまえそれが言いたくて、ずっと神妙な顔をしてたのか!」
「声が大きいです」
バーナードにもっともなことをしれっと言われて、ルイスは不承不承口を閉ざす。
クレアを傷つけてしまったことに対する後悔と反省もあるけれど、それよりもルイスは、クレアの不可解な様子が気になって仕方なかった。
一カ月前、恥ずかしそうにしながらも、至って友好的に楽しいひとときを過ごしたクレア。
その一カ月後、結婚式場に現れたクレアは、まるで人形のように凍りついた表情で。そこには結婚する喜びも緊張も、怯えも拒絶さえも窺えなかった。
クレアに感情がないわけじゃない。はにかんだり笑ったりした姿を見ているし、ルイスが鼻血を出したこと(こう言うとやっぱり間抜け…)を心配して泣き出しそうにもなっていた。
何故凍れるような表情の下に感情を押し隠そうとする? 会えなかった一カ月の間に、一体何があったんだ?
マリリエンヌはあまり時を置かずに、寝室から出てきた。
「それでは、あたしは他の仕事がありますんで、これで」
「ちょっと待ってくれ、話がある。バーナードもだ」
マリリエンヌと一緒に出ていこうとしたバーナードも呼び止めて、クレアとの出会いやその後の変わりように対する疑問を全て打ち明ける。
「クレアは愛情までは抱いてなかったかもしれないが、間違いなく好意は寄せてくれていたんだ。結婚式の夜に確かめたら、僕のことを覚えていたというし。だから初めて会った時から結婚式までの一カ月の間に、何かあったに違いないんだ。だいたい、結婚式前に新郎と新婦が会うのは縁起が良くないと言われてるからって、結婚が決まった後一度も会わせないっていうのも変だろう? 僕は忙しい合間を縫って何度もクレアの実家に足を運んだんだ。それなのに忙しいだの調子が悪いから大事を取って伏せってるだの、おかしいだろ!?」
「それでルイス様は、我々にその話を聞かせて、何をさせたいので?」
バーナードに冷静に言われてしまうと激昂した自分が恥ずかしく、ルイスは咳払いをして取り繕う。
「この一カ月の間にクレアに何が起こったのか、探り出してほしいんだ。必要なら“特別休暇”も“必要経費”も出す」
ルイスのこの問題を解決しようとする意気込みに、バーナードもマリリエンヌもしばし沈黙する。
返事がなくてルイスが焦れてきた頃、マリリエンヌがバーナードと顔を見合わせ、それから口を開いた。
「この一カ月間のことと関係あるかわからないですが、クレア奥様は、実はお父上の先妻のお子様なんです」
「え……?」
知らなかったことを言われ戸惑ったのと、それが今の話と何の関係があるのかわからず、ルイスは思わずぼんやりとした呟きを漏らす。
そんなルイスに、マリリエンヌは残念そうなため息をついて話し始めた。
「クレア奥様が小さいうちに妻を亡くされたお父上は、そのすぐ後に再婚なさって、後妻との間に娘を一人もうけられたんです。お父上は後妻を愛するあまり、後妻との間に生まれた娘ばかりかわいがりクレア奥様にはほとんど見向きしないと、この辺りの住人なら誰もが知っている噂です」
人生の辛さも苦しさも知らないような無垢な笑顔を見せてくれていたクレアに、そんな生い立ちがあったなんて……。
だが、だからこそ腑に落ちない。
そういう生い立ちを持ちながらも、一カ月前は前向きで明るかった。
その明るさを奪ったのは、一体何だったんだ?
表情で疑問を訴えるルイスに、マリリエンヌはさらに深いため息をついた。
「クレア奥様に残されたお父上からの愛情は、お父上が亡くなった先妻と交わした約束だけだったんです。──それは、先の奥様の家系が受け継いできた家を、クレア奥様の結婚相手に継がせることでした。女性であるクレア奥様にあの家を継ぐのは荷が重すぎます。ですが婿を取り家を任せれば、家と先祖代々あの家を守ってきた血筋は守られる。──ですが、クレア奥様がご結婚なさったのは、この一帯を治めるご領主であるご主人様でした。ご主人様がご領主になるのをやめてあの家の跡を継ぐわけにはいきません。ですから必然的にあの家を相続する権利は異母妹のものになりました。そして、ここからは推測なのですが、多分クレア奥様はお父上の最後の愛情を得る機会をご主人様に奪われてしまい、それを悲しんでおられるのだと思うんです」
ルイスはショックのあまりよろめいて、ちかくにあったマントルピースに手をかけてかろうじて体を支える。
そんなルイスに気遣わしげな目を向けながらも、マリリエンヌは話を続ける。
「ご主人様は奥様のことを大層愛してらっしゃるとは思いますが、肉親の愛情は何ものにも代え難く」
「そんなことわかっている!」
マリリエンヌの言葉を、ルイスは叱責に似た声で遮る。
ルイスが今領主の責務を果たしているのは、実のところ肉親への愛情に依るところが大きい。
ルイスに領主の座を押しつけて二度目のハネムーンへ出掛けてしまった両親だが、学業のためと称して都会で長い間道楽していたルイスに援助してくれたのも両親だ。そればかりが愛情を知る手掛かりではないが、両親が一人息子であるルイスを愛しているのは疑いようがなく、ルイスも無条件に両親を愛している。
クレアには、ルイスが持っているような肉親との絆はない。愛してくれるはずだった実の母親はすでに亡くなり、父親は新しい妻にかまけてクレアをないがしろにする。
そしてルイスは、クレアに自分と結婚したいか確認もせず、父親とだけ話をまとめて、クレアから父親の最後の愛情を奪ってしまった。
クレアをあんなふうにしたのは、この僕だというのか……?
信じたくないが、それが事実なのだ。
クレアを傷つけたくないと思いながらルイスがしたことは、クレアを絶望させるほど打ちのめすことだった。
結婚してしまったからには、取り返しがつかない。マリリエンヌも言うように、一人息子のルイスが領主をやめてクレアの実家を継ぐわけにはいかない。
けれど、取り返しがつかないからといって、何もしないわけにはいかない。
クレアの笑顔を取り戻したい。
そのためにルイスが取った行動は




