悪夢の幕開け⑥
アスモデウス──
序列三位の地獄の王。
真っ赤なドレスを着飾り、露出部分は多めで大きな胸を強調している色欲の悪魔。
文化祭の時に会ったあの貴婦人らしき人物は、やはりアスモデウスだったか。
人間に紛れて僕たちのクラスにやってきたのだが、その時は自身の身分を明かさずコンタクトだけ取って帰っていったんだっけ。
そのあと同行していたアザゼルはすんなり身分を明かしたけど。
「これはこれはアスモデウス様。アスモデウス様自らこちらにお越しいただくとは驚きです」
「目をつけてる子の存在を察知したからここに来たまでよ。ねぇ──シェナちゃん? 返事は頂けるかしら」
そういえば──僕がベリアルと戦闘している間に、シェナはアスモデウスと接触したんだっけ。
ただ、返事ってなんだ?
「シェナ、返事ってなんだ? アスモデウスとどんなやり取りを?」
「ウィル様──申し訳ございません。実は、アスモデウスに勧誘を受けていてその返事の催促だと思われます。断固として拒否しましたが、どうやら他人の言葉を理解できない、頭の悪い悪魔だと思います」
そういうことか。
でも残念──。シェナは僕を慕ってくれているし、人間を好意的に思ってくれている獣人だ。
誘われたからって簡単について行くような獣人ではない。
「散々な言われようね。ちょっと傷ついたわ。でもいいわ──あたしって欲しいものはなんだって力ずくで手に入れる性分なの。だからシェナちゃん、あたしのものになりなさい?」
「断る──。あなたのものになるなら、シェナの腸切り裂いて死んでやるわ」
「それはダメよ。あたしが可愛がる前に死んじゃったら、楽しみがなくなるじゃない」
どうやら──本気でシェナのことを手に入れるみたいだ。
アスモデウスが出てきた以上、僕もシェナに加勢したいが、もう一体の悪魔の登場によってそれは阻止される。
「アスモデウス様に着いてきて正解でしたね。ウィル・トゥルメリア──君の相手はワタシが引き受けましょう」
「ダンタリオン──ッ」
どこからともなく現れたダンタリオン。
ジェイド・マーセナスの身体を乗っ取ったダンタリオンは、先日の総合武術大会で国内に混乱を招いた張本人だ。
僕はこの悪魔に為す術なく敗北した。
あと時ダンタリオンは、トゥルメリア王国に混乱を起こすことが目的で、僕を殺そうとはしなかった。
だが──今回は本気で僕を殺しに来るだろう。
有効な対抗策はまだ無いが、僕自身も負ける訳にはいかない。
「ウィル様はダンタリオンの相手をお願いします。私はシェナの援護に回ります」
「ありがとう、アンジェラ先生。でも──相手はあのアスモデウスだ。なにをしてくるか分からない以上、無茶だけはしないでね」
「アンジェラ様の助けがなくともシェナは戦えますが、久々の共闘も悪くないですね」
「あら──今回は素直なのね」
「それじゃ──みんなご武運を」
アスモデウスはやれやれという表情をしているが、その表情はどこか余裕すら感じた。
ここで入りみだって戦うのは色んなとこに被害が出てしまう。
僕はダンタリオンを首都から引き剥がすため、首都から離れた場所に誘導した。
首都から十分に離れたことを確認すると、僕は刀を取り出し──咄嗟に斬りかかった。
ダンタリオンも剣を抜き、僕の斬撃を受け止める。
「いきなり斬りかかるとは節操がないですね」
「節操──? お前を倒せるなら節操など気にしてられないよ」
何度か斬撃を与える。
だが──ダンタリオンは全てを受け止める。
どうやら最初から攻撃速度低下のデバフを与える闇魔法──インフィニットは発動していないようだ。
僕自身もステータス上昇する神聖魔法のオールハイネスを発動してないからアレだが、純粋な斬り合いでは互角のようだ。
「今日はインフィニットを発動しないんだね」
「インフィニットを発動しても、オールパージで解除できる手の内は明かしてしまいましたからね。簡単に使うことは出来ませんよ」
前回戦った時にダンタリオンは、インフィニットはオールパージで解除できると明かした。
だが──オールハイネスを発動した状態でインフィニットを掛けられ解除してしまうと、オールハイネスも解除されてしまう。
おそらく──ダンタリオンはオールハイネスを発動したのを確認してから、インフィニットを使う算段なのだろう。
そうすれば──デバフを掛けられた僕はオールパージで解除しなければならないし、オールハイネス分の魔力は無駄になってしまう。
魔力の枯渇が無い悪魔にとって何度も闇魔法を発動出来るし、消耗戦になれば僕の分は悪くなる。
かといってダンタリオンに純粋な魔法での戦いは効かないし、隙がない。
どうしたらダンタリオンの裏をかける──?
しかも──ダンタリオンが乗っ取った身体の本来の持ち主、ジェイド・マーセナスは生きてる可能性が高いし、彼の身体を傷付けてしまったら、殺してしまう事だって有り得る。
なので──オールピュリフィケーションは使えないし、彼の身体を傷つけず、ダンタリオンを倒す方法を見つけださなきゃいけない。
「その表情だと──如何に器に傷を付けず、ワタシを倒すか考えてるようですね」
考えを読まれてるのは癪だが、ダンタリオンの言う通りだ。
ダンタリオンを倒したいが、ジェイドも助けたい。
だが──そうできる策は見つからない。
「では──少し余興といきますか」
そう言うと──ダンタリオンの表情は変わり、身体の元の持ち主、ジェイド・マーセナスに人格が変わった。
「どういうつもりだ──ダンタリオンッ」
「わからない……わからないよ。……は? ぼくがそんなことできるわけないだろッ!! 」
どうやら、ジェイドは心の中に巣食ってるダンタリオンと会話しているようだ。
でも──その表情は穏やかではない。
「ウィル──ダンタリオンが戦えって……。じゃないとぼくを殺すって……」
どこまでこの悪魔は腐りきっているんだ。
ジェイドと戦えるわけないだろう。
しかも──言ってはなんだが、ジェイドよりも僕のほうが強いのは明らかだし、こんなの勝負にならない。
「もし……ぼくが勝ったら、身体を返すって言ってる……。そんなの無理、無理だよ。だって悪魔殺しのウィル・グレイシーだよ? そんな人相手にただの人間のぼくが勝てるわけ無いじゃないか」
「ジェイドッ!! 今──身体の所有権は君にある。ダンタリオンに出ていけと強く願うんだ!!」
これは古い文献に書いていたのだが、身体の元の所有者が、身体の所有権を取り戻し、乗っ取った悪魔に対して出ていけと強く願った場合、悪魔は身体から出てくことがあると書いていたのを目にしたことがある。
だが──これは多くの不確定要素が多いし、文面的に文末が断定的では無いのが怪しい。
「無理だッ!! 強く願っても出て行く気配すらないよ。死にたくない死にたくない死にたくない」
ダメだ、ジェイドは完全に精神が錯乱状態になっている。
この状態ではダンタリオンを追い出すどころか、僕の声すら届かない。
ジェイドは持っていた剣を自身の喉元に突きつけた。
「やめてくれ──ぼくはまだ死にたくないんだ。お願いだ、やめてくれ──」
ダンタリオンは意識はジェイドのままにし、身体を動かす支配を奪ったらしい。
「やめるんだダンタリオンッ!! 」
再度人格はダンタリオンに戻った。
「──だったらジェイドと戦え。君が負ければジェイドは解放されるんだ。なに、負けることなど君には朝メシ前のことだろう? ワタシに負けたんだから」
「ふざけるな──ッ!! お前ら悪魔はどこまで人間をコケにしたら気が済むんだ!!」
「人間をコケにしているだと? いやいや──それはこちらのセリフだよ。君たち人間は、どこまで悪魔をコケにしたら気が済むんだい? 何もできないし、何かあったら直ぐに死んでしまう脆弱で、ヒエラルキー最底辺の下等種族が、悪魔と対等だと思うなよ?」
確かに──人間は醜い。
世界の資源を食い散らかし、己の利益と娯楽の為なら生態系を破壊することだって厭わない種族だ。
だが──それがなんだ。
そんな至極当たり前の事をぶら下げて、諦めると思ったか?
「だからって、人間を弄んでいい理由にはならない。お前ら悪魔はそんな人間よりも醜い存在だ」
「言ってくれるね。なら──醜い人間同士、殺し合いをしてくれ。ワタシはその余興を楽しみたい」
またジェイドに戻ると、ジェイドの心は既に絶望に満ち溢れていた。
もう──腹を括るしかないのか……。
僕は刀を構えた。
「ジェイド、助かりたいなら戦え。さぁ──剣を構えるんだ」
「ぼくはここで死ぬ。でも死にたくない。まだ生きたい。生きてやり残したことをやり遂げたい。死にたくない。生きたい。死にたくない。死にたくない。死にたくないッ 死にたくない!!!!」
生きるためには僕を倒すしかないと悟ったのか、生の本能からなのか、ジェイドは自暴自棄になりながらも僕に剣を振りかざしてきた。
互いの斬撃が激突する。
「ジェイド──強く抗うんだ。そしたらダンタリオンは出ていく。君は自由になれる」
「死にたくない死にたくない死にたくない。ウィルを殺したら僕は自由、僕は自由、僕は自由、僕は自由」
「ジェイドッ!! 僕の話を聞いてくれ!!」
「ウィル殺す、ウィル殺す、僕は死にたくない」
「ジェイドッ!! お願いだッ!! 聞いてくれッ!!」
だが──ジェイドはデタラメに剣を振ってくるだけで、斬撃を躱すことなど余裕だった。
もう無理なのか──
でも諦めたくないという感情と葛藤していた。
例え──ジェイドが勝ったとしてもダンタリオンはジェイドから離れないだろうし、むしろ──不要になって殺すかもしれない。
逆に僕が勝っても、ジェイドは死んでしまう。
どちらに転んでも、ジェイドは助からない運命なのか?
「どうすればいい──」
どうしようもない葛藤が頭の中をぐちゃぐちゃに駆け巡り、目から薄らと涙が流れた──
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