3月その②
「人多いですねー」
「もう春休みだからなあ」
今日はホワイトデー。
約束した通り一日予定を空けて、ショッピングモールで後輩と待ち合わせをしていた。
時刻は昼過ぎ。
三月の気温はまだ寒いけれど、モールの中なので外を歩いてる時ほどではないかな。
周囲に人が人が多いのはさっきも言ったように春休みだからだろうけど、その中でもカップルが目立つのは気のせいじゃない気がする。
「まあ他の人はいいじゃないですか」
「それもそうだな」
巷にカップルが溢れていたとしても、俺には関係ない話ではある。
「それじゃ後輩、今日の予定は?」
「はい! まずは映画に行きましょう!」
「はいよ」
ということでやって来たのは映画館の前。
クリスマスに前を通りすぎた場所だったかな。
「それじゃあどれにする?」
映画館のロビーに入ると眼の前には上映中の映画のポスターが並び、後輩とそれを眺める。
「センパイはどれがいいですか?」
「そうだなー、今の気分ならアクションかな」
並ぶポスターの一つから目に留まるのは、海外の有名俳優の背景で大爆発しているポスター。
主演俳優はマッチョなのもあり、完全にその俳優のいつものって感じの作品だ。
ちなみにシリーズ物ではあるんだけど、特に前作を知らなくても楽しめる作りになっているのでその点は安心である。
「後輩は?」
「私はセンパイがみたいのでいいですよ」
「いいのか?」
自分で言っておいてなんだけど、あんまり女子ウケする作品じゃないと思うんだが。
「センパイの受験もやっと終わったんですから、今日くらい好きなの見ていいですよ」
「んじゃ、お言葉に甘えて」
ということで、俺のチョイスでチケットを買って後輩と並んで劇場に入る。
「ここですねー」
後輩と並んで取った席は、劇場の中央よりちょっと斜め前に寄ったところ。
たまたま上映の時間は丁度良かったんだけど、その分席が既にいくらか埋まってたのはしょうがない。
まあ中央じゃなくても楽しめるしな。
流石に最前列とか両端だと首が痛くなったりするからアレだけど。
ともあれ、後輩と一緒に並んで席につき、そのままスマホの電源を落とす。
「映画、楽しみですね」
「そうだな」
映画が始まる前のそわそわとした空気感は嫌いじゃない。
そんな雰囲気を楽しみつつ、映画への期待を抑えるように、買ってきたポップコーンに手を伸ばした。
ポップコーンは塩味が丁度良くて思わず手が進むなー。
調子にのって食べ過ぎて、暗くなってからこぼさないようにだけ気をつけないと。
「ポップコーンください、センパイ」
「好きに食べていいぞ」
許可を出すと、後輩が俺の膝の上のカップに手を伸ばして摘んだポップコーンを口に運ぶ。
「あんまり食べると映画始まる前になくなるぞ」
「わかってますよー」
なんて言った手前俺もポップコーンに手を突っ込むのを止めて、肘掛けに手を置くとそこに後輩の手が重なる。
「センパイが食べすぎないように握っておいてあげますね」
「じゃあ俺も後輩が食べすぎないように握ってるかな」
重なった手をひっくり返して、簡単に離さないように指を交互に絡ませる。
いわゆる恋人繋ぎってやつだろうか。
俺と後輩は恋人ではないけれど。
それから少しして、劇場が暗くなり、まだ上映されていない映画の予告編が流れ始める。
そのまま続いて映画泥棒が流れ始めると、俺の肩にトンとなにかが乗った。
見ると後輩が、寄り掛かるように肩に頭を乗せている。
どうかしたのかと聞こうかと思って、結局暗くなってから声を出すのはマナー違反かなと思いやめておく。
視線が傾くから映画が見辛くないだろうかと思ったりもしたけれど、ちらりと見た後輩の表情は楽しそうなので気にしないことにした。
「センパイ、次行きたい所あるんですけどいいですか?」
そう言った後輩に連れられてやってきたのはボウリング場。
「後輩、ボウリング好きなのか?」
「そうでもないですけど、久しぶりにこういうのもいいかなと思って」
「なるほど」
まあ俺も嫌いじゃない。
なんて事を話しながら中に入って受付を済ませる。
「折角ですし勝負しましょうか」
「いいぞ」
正直言って負ける気がしないんだけど。
後輩こういうの得意なふうにも見えないしなー。
「じゃあ負けた方がアイス奢りってことで」
ここのボウリング場にはアイスの自販機が置いてあるので丁度良い。
「おう」
それから自分たちのレーンに荷物をおいて、ボールを選んで戻って来る。
「後輩のボールかるっ」
「センパイのが重すぎるんですよ」
後輩が選んできたボールをレールに置くために受け取ると、俺の選んだボールの半分くらいしかないんじゃないかってくらい軽い。
逆に後輩は俺のボールを試しに持ち上げようとして、両手で抱えている。
そのまま無理したら腰痛めそうだ。
「そうだ、センパイ」
「どうした、後輩?」
「投げるところ撮ってもらってもいいですか? あとでインスタにあげたいので」
「いいぞ」
という訳で準備を済ませ、上着を脱いでシューズを履き替えてから先にボールを握った後輩にカメラを向ける。
両手でボールを抱えるように構えてから、ゆっくりと投げる後輩の姿は後ろから見てると短いスカートが気にならなくもない。
まあカメラを確認しても見えてないしいいか。
あ、ガーター。
後輩の投げたボールはピンに届くことなく右の溝に吸い込まれていった。
多分ボールの重さに体が流された感じ。
「今のナシで、もう一回お願いしますっ」
流石に人に見せるならガーターは恥ずかしかったようで、後輩がリクエストを要求してくる。
まあいいけど、どうせもう一回後輩の番だし。
ちなみにガーターの正しい発音はガターらしいね、周りじゃみんなガーターって言ってるけど。
後輩の第二投は少し左にずれ、それでも端のピンを三本倒せた。
「どうですか、センパイ」
「ちゃんと撮れたぞ」
三本と言ってもガーターよりはずっとマシだし、ストライク取るまで撮り続けるのはキリがなさそうなので後輩も撮った動画を見て満足したような顔をしている。
「じゃあ次はセンパイの番ですね」
「んじゃちょっと投げてくるか。撮らなくていいからな」
「ちゃんと撮っておいてあげますよ」
言いながらスマホを向ける後輩。
撮らなくていいって言ってるのに、まあいいか。
気にせず構えて、そのままボールを投げる。
投げるというか転がすが正しい気もするけど。
狙うのはピンの一本目と二本目の間。
正面から当てると斜めに弾かれるので、少しカーブをかけてピンの並びに対して垂直に近くなるように角度をつける。
そのまま投げた球が狙い通りの位置に吸い込まれると、パタパタとドミノ倒しのように全てのピンが倒れた。
「おー」
と、後ろから感心する声。
「センパイ」
「んー?」
「イエーイ」
イエーイと後輩に誘われて一緒にハイタッチ。
「センパイ、ボウリング得意だったんですか?」
「ベストで200ちょっとだったかな」
「私130くらいなんですけど」
これはもう勝負は決まったようなもんだな。
「ほら、次は後輩の番だぞ」
「むー、あとでハンデつけてもらいますからね」
なんて抗議をしつつも立ち上がってボールを取りに行く後輩。
まあ純粋に身体能力の差もあるし、次のゲームからはハンデつけてもいいかな。
「あー、これ絶対明日筋肉痛だわ」
「私もです」
結局2ゲームやって、ちょっとだるくなった腕をさすりながらボウリング場を後にする。
体格的に後輩の方が筋肉へのダメージは大きそうだけど、使ってたボールの重さが違うから結果的には同じような疲労具合だったかもしれない。
「でも、楽しかったですね」
「そうだな」
たまにはこういうのも悪くない。
ボウリングが楽しかったのか後輩と一緒だから楽しかったのかって言われると……、ノーコメントで。
「パフェ美味しかったですね」
「そうだな」
後輩と並んで店を出て、丁度今食べてきたパフェの感想を互いに口にする。
「ちょっと量が多かったけどな」
「一人じゃ絶対食べきれなかったですね」
「後輩ならいけそうだけど」
「そんなわけないじゃないですかー」
食べてきたのはここの名物のスーパーデラックスパフェ。
お値段3000円。
各種フルーツ、生クリーム、アイス、チョコ、スポンジ、コーンフレーク、あと上にポッキーか刺さってる豪華仕様だ。
高さも40センチほどあって、そもそも二人で食べるものじゃなかったと気付いたのは運ばれてきたあとだった。
4人か5人くらいで食べるのが丁度良かったんじゃないかな、あれは。
とはいえ後輩にリクエストされたんだからしょうがなかったんだけど。
それに一応完食もできたしな。
後輩的にはパフェの写真も撮れて満足したみたいだし。
「センパイのお陰ですね」
「別に大したことはしてないけどな」
今日はバレンタインのお返しだったので一日俺の奢りだったけど、それくらいで。
そんな一日ももうすぐ終わり。
腕時計を確認すると19時を過ぎていて、もういい時間だ。
日もとっくに落ちてるし。
「それじゃそろそろ帰るか」
「えー、まだいいじゃないですか」
とはいえそろそろ未成年が出歩くには怪しい時間。
今すぐどうこうって程ではないけどさ。
「でももうすぐ大学生じゃないですか」
「まだ17歳だけどな」
確かに大学生と言えば夜出歩いていても許される身分ではあるけれど、残念ながら俺はまだ高校生だ。
卒業式もやってないしな。
「私ももうすぐ18歳ですよ」
「そいやそうだったか。後輩ももうすぐ大人だな」
「そうですよ、もう子供扱いしないでくださいね」
子供扱いをした覚えはないが。
でも大人になったらいろんな事が許されるようになるのも事実。
夜遊びとか。
「だからもう少しいいじゃないですか」
なにがだからなのかわからんが。
「ちょっとだけな」
「やたっ。それじゃーゲームセンター行きましょ」
言いながら俺の手を引く後輩にぐいぐいと連れられて道を歩き出す。
結局、あとちょっとだけが三回繰り返されることになったんだけど、俺も嫌じゃなかったから強くは言わなかった。




