元王子アーロンと泉の精霊(5)
父とドニ・デ・ボンタンが、連れ立ってやってきたのは、春だった。
ネージュニクス王国は、春の三月をのぞき、ほとんどが雪に閉ざされる。しかし、果樹園のある東部は、少し気候が違っていた。
冬以外は毎日雪が降るわけではない。雨と同じように雪の日があって、すぐに溶けてしまうので積もることがなかった。
だが、その分、冬になると爆発的な量の雪が毎日降り続けるのだ。
父とドニに最後に会ったのは、もう半年前のこと。
出迎えたアーロンを見て、ドニはぽかんと口を開けた。
目の見えない父は、彼の変化に気がつかず、ドニがその手をアーロンの顔や腹に導き、ぺたぺたと触らせたことで、はじめて彼の変化に気がついたようだ。
「これは?」
ドニが訝しげな顔をする。目の前に並ぶのは、客人が来た時のための、少し豪勢な料理。その中のひと皿を指さしている。
「アーロンが作ったものだ。難しいものではないが、綺麗だろう?」
大皿に、生の葉野菜が敷き詰められている。そしてそこに、まるで花びらのような並べ方で、薄くスライスされたトマトとチーズが置かれていた。大輪の薔薇のように。
トマトとチーズには、油と酸味のある果汁、塩、胡椒がふりかかっており、ところどころに緑の葉が散らされていた。
「これは、バジルか」
葉をつまんでにおいを嗅ぎながら、ドニが言った。アーロンが頷く。
「ああ、トマトとバジルは相性がいいですからねぇ」
にこにこ笑いながらそう言ったのは、父だった。
「相性?」
「ええ。一緒に料理にするとおいしいです。でも、それだけじゃなく、植える時も一緒にするといいのですよ。
害虫が寄り付きにくくなりますし、土の中の水分が適度に調整されて、甘くおいしいトマトになるそうです」
「なるほど、友好植物というやつか」
ドニが頷いた。
「ああ、そういえばそんな名前だったかと。一時期は本気で花屋か農家になりたいと思っていたので、私も調べたことがあるのです」
「……待て、友好植物だと?」
先ほど納得したはずのドニが、目を見開き、なにかをぶつぶつとつぶやき始めた。
「そうだ、アーロン。君ならもしかすると、友好植物を見分けられるかもしれませんね。
僕の目が見えていたとき」
シェハーブが顔色を悪くしたが、父は気がつかずに続ける。
「植物からほかの植物へと、光の線が伸びていたことがあったのです。まるで点と点を結ぶかのように。そして、その線があった植物は、とにかくよく成長しました。
沢山の実をつけたり、病気に強かったり……」
父は考え込む。
「あれはマリーゴールドと大根、ペチュニアと苺……よく思い出してみると、友好植物の組み合わせだったのです。
君ならもしかしたら、見えるかもしれませんね」
アーロンは、ふと思い出した。そうした光の線を見たことがあったのだ。
「グラソンベリーと、ドニさんが王都から持ってきた、ええと……小さくこんもりした、白い花の……」
「キャンディフラワーのことか?」
「そう、そうです。その鉢植えとの間に、光の線があるのを見たような気がします」
シェハーブがじろりとアーロンを見て、「なぜ報告しなかった」と凄んだ。
元王子は憐れなくらいにすくみ上がりながら、「わ、忘れてました……」とだけ答える。
良い方向に変わってきた彼だったが、完全に変化したわけではない。もともとの抜けたところは健在であった。
ところが、そんな二人のやり取りに割って入るように、ドニが突然、アーロンに抱きついた。アーロンは、ふたたび硬直する。
「ひいぃぃ……」
情けなく引きつったような声を出すアーロンに構わず、ドニは彼の手を取り、るんるんと飛び跳ねるような動きを見せた。
ドニを知る者たちはなにが起こったのかわからずに呆然とする。
「でかしたぞ、子豚王子! 友好植物だ。それはまだ試していない一手だ!」
翌年のグラソンベリーは、これまでにないくらい豊作であった。
甘さも瑞々しさも例年より優れており、雪に閉ざされたちいさな王国が、他国の富裕層向けの特別な果実で豊かになっていくきっかけとなったのである。




