元王子アーロンと泉の精霊(4)
父は、それから半月ほど森の小屋に滞在した。
彼との出会いは、アーロンの世界をがらりと変えた。
温かさを覚えたことだけではない。彼には、魔力があることがわかったのだ。
「アーロンが世話をした木々の調子が良いのだ」
そう言ったのはシェハーブだった。
「まさか、君にも土の魔力があるのではないか?」
父ははっとしたように言った。
「魔力の質は、親から子へと受け継がれることもよく見られる。
僕のこれは、商会経営にはなにも役立たないのだけどね、花を元気にしたり、相性のいい花と花との組み合わせがわかったりするささやかなものなんだ」
それから父は、本当は花屋になりたかったのだと照れくさそうに笑った。
父が帰るまでの二週間ほどの間、アーロンと父は毎日魔法の練習をした。
木々の、表面上はまだなにもない部分。目をこらすと新芽が見えた。
「新芽の生まれる場所を見られるのが、僕たちの魔法の特性らしい。
あとはね、これをほぐして伸ばしてあげる感じで力を送ってみるんだ」
言われた通りにすると、ぽんと弾けるような小気味いい音とともに、枝のあちこちから新芽が飛び出した。
すでに大きくなった葉っぱとは違い、新芽は薄い黄緑色をしている。
「これは驚いた」
父は、次々と弾けるように飛び出した音を聞いて言った。
「アーロンは魔力か強いのだね。僕だと、ひとつの枝からひとつの新芽を出すことしかできない」
そう言って、アーロンの頭をなでてくれた。
胸の中にじわじわと温かいものが広がっていく。父が帰ったあと、しばらく気落ちしていたアーロンだったが、それから別人のように勤勉になった。
育った環境に歪められていたものの、根っこの性格は素直でまじめお人好しだったのだ。
父と同じように。
父がふたたびやってきたのは三月あとのことだった。
これからはこうして、定期的に訪れて交流を図ろうと、父はそう言った。
父とともにやってきたのは、ドニ・デ・ボンタン。
彼は眼鏡の奥からひやりとした瞳をのぞかせ、アーロンはびくりと体を震わせた。
「なんですか、あなたは。僕の顔を見て幽霊でも見たかのように怯えちゃって。愉快な人だなぁ」
ドニは軽い調子で言った。
「ボンタン卿はね、ここで育てているグラソンベリーの研究をしているんだ。
ネージュニクスでしか育たないこの果実を、他国にも出荷できるように品種改良しているのだそうだ」
父が言い添える。
それからしばらく二人は滞在した。
朝は父と魔法の練習をし、その後果樹園での仕事。夜には父が読み書きを教えてくれた。
普段はシェハーブがみてくれていたのだが、父の教え方の方がずっとわかりやすかった。
そう、アーロンは、王子でありながら読み書きができなかったのだ。
いずれ殺す予定だった偽王子には、教育のための金など掛けたくなかったのだろう。
ドニは、一人で果樹園を回り、生育の様子を確認してはなにかを細かく書き付けていた。
半月ほどの滞在が終わり、二人は王都へと戻っていく。
アーロンは、寂しく思いながらその背を見送った。
「僕に、料理を教えてくれないか」
アーロンは、くちびるを噛み締めながら頼んだ。
シェハーブは桃色のエプロンに身を包み、川で採ってきた魚をさばいているところだった。
「お、おい! ……なんとか言ったらどうなんだ!」
アーロンが言うと、シェハーブはくつくつと笑った。
日々は忙しく、あっという間に過ぎていった。
本当に久しぶりに森の泉へやってくると、アディーはきょとんとしてアーロンを見た。
『だれ……?』
アディーの目には戸惑いの色が浮かんでいる。
その硝子のように澄んだ瞳には、小柄だが引き締まった体で、優しげな顔をした少年が映っていた。
目はぱっちりと大きく、薄いくちびるをしているのだが、少しまるみのある鼻の形が彼の印象を華やかなものから朴訥なものへと変えている。
アーロンは、ずいぶんと変わった。




