25.はずれ王子と私の初恋
「僕は、君に贈る言葉をもう惜しまない」
窓から差し込む無数の青い光の中で、ジルベルトは少したどたどしくそう誓った。
はじめて出会った礼拝堂で、私たちはささやかな式を挙げた。
家族だけで行なう、王族らしからぬ温かなもので、忘れ得ぬ幸せな時間となった。
「執筆は終わったのか?」
ジルベルトが私に尋ねる。
彼は、私の書き付けていたものを覗き込み、後ろから腕を回した。
あれからも何度か、サーブルザント王国の間者に狙われた私は、表立っての公務をあまり行わないこととなった。
その代わり、魔女と聖女の研究や転生者研究に協力し、その傍らで、趣味で翻訳をはじめた。
今訳しているのは、ルスリエース王国の王妃監修の料理本だ。
「フラヴィア王妃のレシピ集、これは本当に売れるのか……? 癖の強いあの人の料理だろう」
ジルベルトは彼女のことが苦手らしく、眉根を寄せた。
自給自足の妖精の村で暮らした過去があるという彼女との手紙のやり取りを通して知り得た話が面白かったので、そこでのエピソードや美しい挿絵をつけて本にしようと思い立ち、翻訳させてもらっている。
「あら。かんたんでおいしいのよ。すべて試作したから間違いないわ」
「君はまた厨房に入ったのか」
ジルベルトは拗ねたように口をとがらせる。
「ええ。いくら時の王妃様のレシピでも、味を確認せずに出す訳にはいかないわ」
「──いや、そうじゃないんだ。あそこは……だって、男ばかりだろう」
ジルベルトの言わんとすることに思い至って、私はくすりと笑う。
「あら、嫉妬なさったの? わたくしがあなた一筋だということは、ジルが一番ご存知でしょうに」
ジルベルトは耳を赤くして、さっと目をそらすのだろう。──そう思ったのだが、彼はじっと私の瞳を見つめている。
「僕は、いつだって嫉妬しているよ。ロザーラ女史にさえもね」
「え?」
「何度も言っているだろう。ルル、……君は美しく賢い。それでいて少し抜けているところも、騙されやすいところも危うくて、自分で思っている以上に魅力的だからね」
かわいい人。
そう言うつもりだった私は、まっすぐにぶつけられた愛情に、顔が熱くなるのを感じた。
「本当はいっときも離したくないんだ。愛しているよ、ルル」
無口で生意気な少年は消え、私は日々、愛おしい旦那様に翻弄されている。
「──おや、蝶々だ」
ジルベルトが窓の外に目をやって、眩しそうに言った。
「瑠璃羽蝶だな。今年は去年よりも幸せかもしれないぞ、ルル」
ジルベルトはそう言うと、私の額にキスを落とした。
『実らぬ初恋』編・完




