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《完結》はずれ王子の初恋   作者: 三條 凛花
第2部 実らぬ初恋
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24.波乱の結婚式(2)

次回で「実らぬ初恋編」は終わりです。

引き続き、不定期で後日談を書いていきます。

 フルール・ルル・フレージュ公爵令嬢の胸には氷の刃が突き立てられている。


 しかし、その場に倒れることも、悲鳴を上げることも、顔を苦痛に歪めることもなかった。


 隣に立つジルベルト王子もまた、顔色一つ変えていない。





「どうして……?」


 その声は、はじめに飛び出してきた男のいた、聖歌隊の中から聞こえた。


 そのとき、ぶわりと強い風が吹いた。


 そして女の髪を揺らし、……すると、被っていた鬘が取れたのだろう。


 金色の髪をした聖歌隊の女は、もとの髪色である栗色を顕にした。


 その顔は憎々しげに、ひどく醜悪に歪められ、元の優しく可愛らしい顔立ちを知っていた女性は、驚き、言葉を失った。



 続いて、しゃぼん玉が弾けるような音がしたかと思うと、参列客が一列ずつ消えていく。そうして残ったのは、十人ほどだけであった。


「なに、なんなのよこれは!!!」


 聖歌隊に紛れていたノエミ・ヨハンナ・ケリーは、頭を掻き毟りながら叫んだ。



「君を捕まえるための喜劇さ」


 答えたその人は、貴族席の一番前にいた。


 彼女にとって一番のお気に入りの人物だと気がつくには時間がかかった。美しい金髪は黒く、青い瞳は赤く変わっていたからだ。


「く、クレメント様」


 ノエミは途端に声量を落とし、恥ずかしそうに身をよじった。


 クレメントはそんな彼女を冷めた目で見つめ、「捕縛しろ」と一言告げた。


「クレメント様!」


 ノエミの悲痛な声が響く。しかし、彼女を囲むのは、三年前の騒動を経て新たに設けられた、女性騎士たち。

 魅了の力は通じないのであった。




「ちょっと、聞いてた話と違うじゃない」


 サロメであった人が、クレメント王子に詰め寄る。


「フルールは? わたくしはあの子を守るように言われたからきたのよ。ここにいる人たちほとんどが幻影だったの?」


「そうだ。複数属性の魔法を組み合わせて、蜃気楼のように映像を投影したのだ。

 先日家族だけで行なわれた、二人の結婚式のね。民衆に関しては過去の行事の記憶から作ったものだ」


「わたくし、呼ばれていないのだけれど? そもそも、目覚めたあのとき以来、あの子に会っていないわ」


「当たり前だろう? 君は一応犯罪者じゃないか」


 クレメントの言葉に、彼女はつんとくちびるを突き出す。


「……それを言われると何も言い返せないわね。でも、この結婚式は?」


「事を起こすならこのときだろう、と彼女を泳がせていたのだ」


「ふうん。それで? あの女には救済はないのかしら」


「すでに何度も機会があったさ。──だが、掴ませた偽の情報に飛びつき、行動を起こした。選んだのはケリー嬢だ」


 クレメントは、虫を見るような目線をノエミに投げた。


「──それにしても、直接何かしてくるだろうと思っていたのだが、人任せだったな。そんなわけで、操られただけの教会関係者を咎めることはしないよ」


 二人の会話はひそやかで、周囲に漏れてはいなかった。






「ノエミ……」


 市民席にいた女が、彼女の目の前におずおずと進み出る。隣に居た男はそれを止めるように慌てて腕を引いた。


 見知らぬ、けれどもどこか見覚えのある二人に声をかけられたノエミは、騒ぐのをやめ、一瞬、動きを止めた。


 しゅるりとリボンがほどけるように、二人の色彩が変わっていく。栗毛の女の髪は、月の光のような銀髪に。男の瞳は王家のすみれ色に。


 虚をつかれたような表情をしていたノエミであったが、二人の正体に気がつくや否や、顔を真っ赤にした。


「何よ、あんたばっかり……!私がヒロインになったっていいじゃない! 」


 掴みかかろうとするノエミを、女性騎士たちが抑え込む。それでもなお、彼女の手は、引っかくように、何度も宙を切る。


「──連れて行け」


 クレメントが命じ、ノエミの喚き声は少しずつ遠く、遠くなっていった。








 連れ去られていくノエミを、フルールは呆然と見送っていた。


「──止められなかったわ」


「気にしなくていいわ」とサロメ。


「さっき、クレメントとも話していたの。間違った道を選んだのは、あの子自身なのよ」


 サロメ、と言いかけたその唇を、妖艶な女は人差し指でそっと塞いだ。


「初めてお目にかかります。フルール妃殿下。わたくしは、魔女と聖女の研究機関に新しく配属された研究者でございます。

 妃殿下には、これから研究にお付き合いいただくことになりますので、どうぞお見知り置きを……」


 そう言うと、ロザーラ・トレムリエは、淑女の礼ではなく、平民のように頭を下げたのであった。


 フルールは、うるうると盛り上がる瞳を彼女に向け「ええ」とだけ頷いた。


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