22.それぞれの行き先
長くなりすぎたので第二部として変更した「実らぬ初恋」編。
あと1、2話でようやく終わります。短い後日談はまだまだ構想があるので、少しずつ更新していきます。
引越しでかなり間が空いたので、もしもお待ちくださっていた方がいたらすみません!
お付き合いいただけると嬉しいです。
「ネージュニクスには戻らないことにしたんだ」
アンリは決意を込めた目で言った。
「向こうでは肩身が狭いのもあるけれど……今度は、逃げるだけじゃない。
この国に来て、城下町なんかも回らせてもらってさ。知らないものがたくさんあることに驚いた。これからは一人の魔法使いとして、いろんな国を回ってみようと思うんだ」
「ふうん。じゃあ、ーーそれで見つけた珍しいものは、うちの商会に下ろしてもらうよ」
ジュールが横から口を出す。
すっかり元の調子に戻っているのを見て、フルールは安心した。元はと言えば、自分を拐かした相手だと言うのに、不思議だ。
「あなたは国に帰らないの? 王子なのでしょう?」
「ーーいやいや、暗殺されそうになったでしょ? 帰るわけないじゃないか」
フルールが尋ねるとジュールは呆れたようにため息をつく。
「ーーそっちの二人はどうするんだ」
アンリは、王子であった少年とシェハーブに目をやった。二人は気まずげに下を向く。
あれから黒髪の少年は、自分がネージュニクス王国の平民であること、王子と取り替えられていたことなどを告げられた。
最初は信じずに暴れていたが、今ではすっかりしおらしくなってしまっている。
砂の王国の教育に問題があっただけで、本来は素直な少年なのかもしれないとフルールは思った。
彼にとっては十年以上当たり前だと思っていたことが根底から覆されてしまったのだ。
しかも、自分が見下していた平民、それこそが自分のルーツだと気がついて。
「行き先がないんだったら、俺が預かりましょうか」
ドニが飄々と話に割り込んでくる。フルールはきっと彼を睨みつけた。
「フルール嬢にも悪かったと思ってますって。心を入れ替えて働いてるんですよ」
「なんですって? ーーそもそもあなたが……」
思わず声を荒げたフルールを、周囲は意外そうに見ていた。最初に吹き出したのはクレメントだった。
「ーーはは、フルールがそんなふうに怒るのってはじめてみたよ」
しばらくは気まずかったクレメントとの関係だが、国を出るころには、以前より一歩引いた関係として落ち着いていた。
シェハーブは他国の間諜であるし、此度の騒動の首謀者とも言えるので、王に相談した上で決定することとした。
ーー後に下った沙汰は、王都追放というものだった。
シェハーブは生涯王都に足を踏み入れることはかなわない。だが、命までは取られず、ドニが以前身を隠していたという果樹園で働くこととなった。
アーロン少年もまた彼とともに向かった。
ジュールもまた他国の王子という難しい立場であったが、彼は有事の際に魅了の力を提供すると売り込み、その代わり、商会を続けさせてほしいと提案。
巧みな話術でそれを勝ち取っていた。
ただし、サーブルザントの王族は、血を繋ぐことで能力を継承していく。だから、伴侶を持つことが禁じられ、後継は養子を迎えるようにとの沙汰が下った。
ちなみにジュールの養父は亡くなっていなかった。
二人でなんとか商会の人気を維持しており、やがて、シェハーブたちが働く果樹園から、グラソンベリーを仕入れるようになっていた。
それぞれが道を決めて、真っ直ぐに進んでいくのを聞き、フルールは眩しい気持ちで聞いていた。
フルール自身は王宮に残ったまま、失われた二年を取り戻すように忙しなく過ごしている。
懐かしい人たちと再会したり、──結婚式の準備をしたり。そう、フルールの挙式は、もう明日に迫っていた。
ずっと未来のアンリの様子が少し出てくるのは『憑かれ聖女は国を消す』というお話。




