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《完結》はずれ王子の初恋   作者: 三條 凛花
第2部 実らぬ初恋
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21.はずれ王子の初恋

「ーー君たちは、……正直に気持ちを話したほうがいい」


 クレメントはそう言うと、温室を後にした。




「な、なんだか、お久しぶりですね」

「ーーああ」


「ルスリエース王国に来たのははじめてですが、とても温暖なところですね! ネージュニクス王国とは日差しの感じが違って驚いています」

「ーーああ」


 気まずい沈黙が流れていた。





「ジルベルト様は、どうしてここに?」


 フルールは、意を決して尋ねた。本当は聞きたくなかった。答えを知るのが怖かった。


「ーー君を探しに」

「え?」


 それは思ってもみないことだった。


 てっきり、……なにかルスリエース王国に用事があったとか、あるいは留学でもするのかとか、一番考えたくないこととしては縁談探しで来たとか、そういうことを想像していた。


 フルールは急に胸がどきどきして、緊張で手足の先が冷たくなり、どんなふうに返していいのかわからなくなった。




「……勝手に立ち聞きしてすまなかった」


 ジルベルトが言った。


「ーーいいえ」


 フルールはなんとかそれだけ絞り出した。そうだ、自分の気持ちを知られてしまった。


 そう気がつくとぼっと顔が熱くなって、言葉が続かなかった。




「ーー昔、部屋を出て迷って、行き倒れた記憶がある。あの時に救ってくれたのは君だったんだな」

「ええ……」


「僕は君に嫌な態度ばかり取ってきた」

「病で思うように動けぬ子どもにはよくあることです」

 ジルベルトは意外そうな顔をする。


「君は、昔から大人びていたな。ーー僕は、そういう君を見ると、いつもいらいらしていた」


 フルールはうつむいた。

 いつからか嫌われていたのは知っていたが、実際に言葉にされてみると胸が痛かった。


「でも、その理由がわかったんだ。僕は、君を嫌っていたのではなくて、その逆だった。

 君が帰ってしまうのが嫌だったし、むりやりはずれ王子なんかの婚約者候補にされたのだと聞かされていて、悲しかった……のだと思う。きっと、君に好いてもらいたかったのだと」


 ジルベルトは、はじめて、フルールの顔をまっすぐに見た。


「僕は、うぬぼれてもいいのだろうか」


 彼が最後に言った言葉を理解するよりも前に、ジルベルトが続けた。


「え?」

「ーー先ほど兄が言っていたこと。君が、僕を見捨てていないと……」


 宝石のように美しいすみれ色の目は、いつものように不機嫌そうにつり上がっている。だが、目の奥が不安げに揺れていた。


「わたくしがあなたを見捨てるなんて……。そんなことは、ありません。でも、これからは、おそばにいるのは無理です」

「え?」


 ジルベルトは、顔色をなくした。


「あなたはノエミと結婚なさるのでしょう……? 」


 ノエミの名前を出した途端、ジルベルトの顔が一気に不機嫌なものに変わる。


「誰があんな女と…… いや、今はそのことはいい。

 そもそも、まずは君に謝らなければならなかった。これまでひどい態度を取り続けていてすまない。

 婚約者らしいことなど何もしなかったばかりか、ーーあまつさえ、あのような騒動を起こしてしまうなど……」


 そう言うとジルベルトは頭を下げた。


「殿下、おやめください。あなたは王族なのですから、むやみに頭を下げる必要はございません。ーーけれども、そうしてお気持ちを示してくれたことを嬉しく思います」

「君は、どこまでも……」


 ジルベルトはそう言うと言葉を切った。

 それから居住まいをただした。


「兄上は気の毒だが、政略結婚をするまでの期限がある。僕は幸いにも第二王子なので、それはない」

「はい……?」


 フルールは話が見えず、とりあえず頷いた。


「ええと……、その……なんといえばいいのだ」


 次の句が継げずにいたジルベルトは、突然目を見開き、眉根を寄せ、犬を追い払うような仕草をした。


 怪訝に思って振り向くと、温室の陰にドニが立っており、なにやらセリフのようなものを書きつけた紙を持っていたが、ばつの悪そうな顔をして出て行った。


 フルールは、ドニのことをいまだに許していない。一言申してやると後を追おうとすると、ふわりと腕をつかまれた。


「ルル!」


 名を、呼んでくれなかった愛称が聞こえて、ふたたび彼に向き合う。


 彼はフルールを呼び止めたが、なかなか次の言葉が出てこない。




「あら、瑠璃詰草」


 フルールは、温室のすみ、日陰になるところに、瑠璃詰草が生えているのを見つけた。


 ネージュニクスではまるで絨毯のように群生しているが、この温暖な国では、なんだか肩身が狭そうだ。



「君は、この花が好きだったな」


 ジルベルトがぽつりと零す。


「君の好きなものを、僕は、もっと知りたい。君ときちんと向き合って、たくさん話をしてみたいと、そう思っている」

「ジルベルト様……?」


「ーー君は僕の、……初恋なんだ」

「え?」


 ジルベルトは今にも泣きそうな顔をして笑っている。それは初めて見る表情で、ーー胸に迫るものがあった。


「本当はわかっているんだ。僕には、君に告白する資格なんてない。ーーでも、それでも君のことを諦められない」

「わたくし……」


「ルル、僕は君が好きだ。いつまでも待つつもりでいるし、これからは二度と言葉を蔑ろにしない。だからもう一度僕にチャンスをもらえないだろうか。

 君に求婚させてほしい」


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