17.妖精の森にて
「おい、……なんで俺を庇ったんだ」
ジュールの悲痛な声が、静謐な森をしんと揺らした。彼は、草の上に力なく横たわるシェハーブのそばに力なく膝をついていた。
「おまえ、俺の魅了にかかってたんじゃないか。そうだろう?」
シェハーブはそれには答えず、口から血を流しながらも微笑みを浮かべ、ジュールの頬に触れようとするかのように手を伸ばしたが、その手は途中でぱたりと地面に落ちた。ーーそして目が固く閉じられた。
矢がジュールの胸に迫っていたそのとき、彼を突き飛ばしたのはシェハーブだった。
矢はシェハーブの腹に深く刺さっていたのだ。
「ーー治癒魔法は使ったわ。でも、……たぶん、毒が塗られていたのだと思う」
シェハーブの胸には、青黒い痣のようなものが浮き上がっている。
矢を抜き、フルールの魔力を込めて傷は塞いだものの、すでに意識はなく、真っ白な顔色が、荒い呼吸が、猶予のなさを告げていた。
フルールは必死で頭の中の記憶をたどった。治癒魔法などと言ったものの、フルールの雪の魔力を活用したものだ。傷口を雪で埋めるようにイメージしたら、たまたまうまくいっただけ。
けれども、あの時代のどこを思い出しても、毒については想像もつかなかった。
「このような裏切り者がどうなろうと知ったことではない」
弱々しい声が響いた。
草の上に放り出されていた王子であった。ようやく気がついたらしい彼は、よろよろと身体を起こすと、シェハーブに殴られてぶつけた頬をさすり、顔を真っ赤にして怒り出した。
「おまえたち、早く僕を安全な場所に連れて行け」
王子は横柄に命じた。
ジュールが殴りかかろうとし、アンリが魔法を詠唱しようとしたが、それよりも早く、王子の頭からどさりと大量の雪が落ちてきて、王子はその中に埋もれてしまった。
そのときだった。聞いたことのない笛の音が響いた。
「まさか、サーブルザントの奴らか?」
「森の入り口は、雪や氷で塞いできたわ。ーーここは妖精の森だから、入り口以外の場所は、たとえ道があるように見えても入れないと……書物で読んだのだけれど……」
ややあって、森のあちこちから、それに呼応するように音色が響き出した。
アンリ、ジュール、フルールの三人は背を寄せ合って身構えた。ところが、現れたのは、てのひらに乗るくらいの小さな人型の生きものであった。
見たことのない色彩を持つ生きもので、これこそが妖精なのだとすぐにわかった。
フルールたちを囲むように、無数の小さな光が見られるが、はっきりとその容貌を確認できたのはすぐそばまで寄ってきた、少年のような見た目の妖精だけだった。
「ーーふうん。これは俺の手には負えねえな」
妖精の少年はそう言うと、自分の頭をぼりぼりとかいた。
彼の髪の毛は、頭頂部が太陽のような金色で、毛先に向かうにつれて、淡桃から濃い桃色へと毛色が変わっている。瞳は空のような水色だが、その中にはまるで宝石の中に煌めく光のように、緑や金、紫といった光の粒が散っている。
「仕方がない、あの子を呼ぶか」
彼がそう言い、ぱちんと指を鳴らすと、三人の意識は暗転した。




