表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
《完結》はずれ王子の初恋   作者: 三條 凛花
第2部 実らぬ初恋
39/54

16.海を走る

 国から遠く海の上まで連れ去られて、船には砲弾が打ち込まれている。

 甲板に出てその様子を見たとき、ーーああ、これは死んでしまうのだなとフルールは思った。


 こみ上げてきたのは恐怖や涙ではなくて、怒りと、……ほんの少しの痛み、そして数多の記憶だった。



 まるで走馬灯のようだ。脳裏に幼いころから今までのジルベルトの顔が浮かぶ。


 家族を恋しがって泣きながら礼拝堂で倒れていた彼。フルールを試すように悪態ばかりつく一方で、こっそりとフルールの好きなものばかり用意させていた彼。スピカ・ディディエを侍らせて婚約破棄を突きつけてきた、彼。ーーそれから、フルールが眠りにつく直前に見た彼の、ガラス玉のような瞳。


 ジルベルトはもうノエミと婚約したのだろうか。そう思うと、胸のあたりが焦げ付くようにちりちりと痛んだ。






 船から飛び降りたフルールは、足元の水を凍らせた。


「港町まで走るのか? 無茶だ!」


 アンリが言う。


「いいえ。森が見えるでしょう。あれはたぶん、妖精の森と呼ばれる場所だわ。なんとかあれを抜けられたら、ルスリエース王国に保護を求められると思うの」


 フルールは、王子妃教育で学んだ地理を頭の中からひねり出し、決めた。甲板に立つ男たちは顔を見合わせ、互いに睨み合ったが、まずは生き残ることを選んだらしい。次々に降り立ってきた。




 フルールは先頭に立ち、走る。想像力を途切れさせないように気をつけながら、氷の道を作っていく。薄くてはいけない。調整が難しかった。


 飛んできた砲弾はアンリが落とし、シェハーブは王子を背負い走ってくる。正気を取り戻したジュールも、よろよろとだがついてきていた。



「それにしても、どうして奴らは後ろから来たんだろう。陸のほうから来られたら、こちらに退路はなかったというのに……」


 アンリが不思議そうに言う。


「ーー大義名分を作ったのでしょう。王子が逆賊に誘拐されたことにし、攻撃をする。

 そのためには、一度沖まで出て、追いかけているように見せかけねばならないでしょうからね」


 シェハーブが苦虫を噛み潰したような顔で言った。それから「結局、王族たちにとってアーロン様ははずれ王子のままだったのだ」とつぶやいた。


「ーーはずれ王子?」


 不愉快な言葉が聞こえて、フルールは思わず振り返った。後ろを走ってきたアンリがフルールにぶつかり、つるりと海に落ちそうになって「フルール!」と怒った。


 フルールは慌てて氷の道を作り直し、足を止めずに、シェハーブの言葉を聞いた。


「アーロン様は、生まれたときからそう蔑まれておりました。

 あの国は黒色を至上のものとしています。金髪金目のアーロン様を、ほかの王族たちは、ただその色だけで“はずれ王子”と呼んでいたのです。あまつさえ、間諜にしろと追放し、似た容姿のこの者を王族に迎え入れた」


 シェハーブは、肩に抱えた、王子であった少年をぎろりと睨めつけた。

 少年は気絶したままだったので、その壮絶な視線には気づかずにいたが、先程殴り飛ばされたため、顔はひどく腫れていた。


「この者に教育を施さなかったのは、いずれアーロン様を迎え入れるためだと思っていました。現にそう聞いていたのです。

 だからこそ、私は……」


 シェハーブは青い顔をして言う。






「ーー使いこなしてるんだな、魔力」


 走りながらアンリが言った。感心したような、それでいてどこか悔しそうな、不思議な表情だった。


「囚われている間、時間だけはたっぷりあったから。

 あのね、他の人の魔法ではどうかわからないけれど……。少なくとも、私の力についてわかったことがあるのよ。

 想像するのがとても大事なの。どんな魔法が出るのかを、絵画のようにはっきりと想像すること」


「喋っている暇はない! 来るぞ!」


 後ろからシェハーブが叫ぶ。アンリはちらりと船のほうに目をやると、飛んできた砲弾にてのひらを向けた。巨大な水球が飛び出し、砲弾はボールのように軽々と、遠くまで弾かれ、飛んでいった。


「ーーなるほどな、俺にも有効な方法みたいだ」


 アンリはそう言うと不敵に笑った。




 五人はなんとか陸地まで渡りきった。

 サーブルザント王国の船は、進路を氷で固めて進めないようにしておいたのだが、兵士らしき男たちが海に飛び込むのが見えた。


 追いつかれぬように急ぐしかない。

 ところが、五人が森の入口に差し掛かったときだった。ひゅっと音がして、ジュールの眼前に矢が迫っていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ