14.取り替え子
あるところに、女が居た。
女は王都で生まれた。両親は大衆食堂を営んでおり、女はその看板娘だった。
父親譲りの豊かな黒髪よりも母のようなブロンドになりたかったが、女はぽってりとした赤いくちびるが魅力的だということも、切れ長の瞳も黒々と濡れており、目が合うだけでも男たちが赤くなることも、正しく把握していた。
人より少し美しいその容姿は目を引いた。女は清廉でしとやかなふりをしながらも、実にしっかりと男たちを見定めていた。
最後に選んだのは、若き商会主。くせのある黒髪に金色の目。朴訥な青年で、かんたんに騙すことができた。女は、贅沢ができるとほくそ笑んでいた。
しばらくすると、女は身ごもった。あと少しで産み月だというときのこと、それを影から見つめている男の存在に彼女は気づかない。
男の名は、シェハーブといった。
彼は砂の王国からやってきて、密かにこの閉鎖的で平和な国へと潜り込んでいた。
褐色の肌は、色白な肌を持つ者の多い雪国で浮かぬよう、魔法で白く変えられており、赤い髪も目立たぬように茶色に染めてある。
そして、その腕には、金髪に金の目をした美しい赤子が抱かれていた。
シェハーブは、密命を受けてこの国へやって来た。
子育てどころか妻さえ居ないのに、突然、赤子との長い長い二人旅がはじまった。なんとかたどり着いたが、数週間もかかってしまった。
彼の目的は「はずれ王子」と蔑まれる第六王子アーロンを、他国への密偵として潜り込ませることであった。
サーブルザント王国の王族は、複数の異能をその身に宿す。その一つである魅了は、諜報にひどく役立つのだ。
だが、それは体のいい厄介払いでもあった。サーブルザント王国では、黒い色が神の色として尊ばれている。
金髪金目のアーロン王子は、はずれの王族だったのだ。
彼は、正妃でも側妃でもなく、王が気まぐれに手をつけた下働きの娘から生まれた。
「おおいやだ。あの貧民のような髪色」
「ええ。はずれ王子は密偵として国の役に立ってもらいましょう」
「身代わりに黒髪の子どもを探してくるといいわ」
正妃と側妃は、口々にそう言った。
シェハーブは、黒髪の子どもを探した。
雪の王国では黒髪など珍しくもないらしく、平民の中にも多数見られた。
そうして彼は、女に目をつけた。
女の容姿は美しかったが、少し観察していればその醜悪さはすぐにわかる。この女ならば、あるいは簡単に子を手放すのでは。シェハーブはそう思った。
商会主を事故に巻き込む。
彼の目は光を失い、女は夫に愛想を尽かした。もっと条件のいい連れ合いを探そうと決めたものの、腹の子を邪魔に思っていた。
そんなとき、女は甘やかな誘いを耳にした。
「生まれた子どもを取り替えないか、と」
女は自らの産んだ黒髪の子をシェハーブに渡し、金髪の子供を夫の元へ残して家を出た。
大金を手にした女は浮かれていた。特に疑問に思うことなく国を出て、船に乗った。その船に乗客がほかに居ないことなど気づかずに。
船を動かしていた者たちは、夜更けにひそかに脱出した。ーーそして、嵐が来た。
シェハーブは、先の見えない状況に陥っていた商会に潜り込んだ。うまく経営を立て直し、光を失った商会主を支えながら、王子を育て上げた。
王子に本来の身分は伝えなかった。
風向きが変わったのは二年前の魔女騒動。一連の話を報告すると、本国がにわかに騒がしくなった。
聖女フルールが目覚めたらすぐに連れてこられるように、雪の王国での地位を盤石にしていくこと。そんな命令がくだった。
王子がどこにでも潜り込めるように、シェハーブは商会を盛り立てた。本国に手紙を出し、商品を仕入れ、一年ほどかけて王室御用達の商会に上り詰めた。
同時に、王子には、魅了の使い方をそれとなく教えていったのである。
「今回のことは、きっと、あなたの手柄になりましょう」
シェハーブは跪き、目をうるませながらそう言った。




