13.第6王子アーロン
「おい、おまえ」
王子は粗雑にフルールを呼んだ。
この世界に生まれ落ちる前ですら、そのような呼び方はされたことがなく、彼女は思わず凍てつくような視線を送ってしまった。
すると王子はぐっと怯んだが、次第にそれは怒りに変わった。腰に差した剣を抜き、フルールのほうへと詰め寄ってきた。
すかさずジュールが二人の間へ割って入る。
「ーーな、なんなのだ、いったい。お前は僕の花嫁になるのだろう?
どうしてそのような生意気な態度を取るのだ!」
王子は、ころころとした身体を揺すりながら、顔を真っ赤にして怒り、きいきいと喚き立てる。
そのたびに、服についた装飾品がこすれてじゃらじゃらと鳴る。
フルールは自らの心が冷え切っていくのを感じた。
彼もまた、病に伏していたころのジルベルトと同じくらいの年ごろだろう。だが、ーーかわいくない。
これは、わがままで済むようなものではない。
「無理やり拐かされてきたのです。
自分を攫った相手にどうして愛想を振りまかねばならぬのですか」
フルールは毅然として言った。
「ーー拐かされた?
お前が僕をひと目見て惚れたというから、こうしてわざわざ来てやったのだぞ?」
王子は心底不思議そうに言った。
「……あいつは詳しいことは知らされていないのかもしれない」
ジュールがこっそりと耳打ちをした。
「王子なのに?」
「ーーああ。なんだか違和感は残るが……」
二人が肩を寄せて声をかわしていると、王子は「こそこそと……!」と地団駄を踏んだ。
「まるで幼子のようね」
フルールはため息をつく。王子は、大きな子どもにしか見えなかった。
そのとき、ジュールがはっとしたように目を見開いた。
「ーーそうだ」
「どうしたの?」
フルールが尋ねると、彼はこめかみのあたりをもみほぐすように触れて「いや、違和感の正体に気づいたんだ」と告げた。
「あなたが言う通りだ。王子が、あまりにも幼すぎるんだ。これではまるで……」
そのとき、扉が蹴破られ、その前に立っていた王子の身体が宙に浮いた。
次の瞬間、彼は壁にひどく顔を打ち付けて、そのままずるずると崩れ落ちるように倒れた。
「ーー痴れ者が」
そこに立っていたのは、褐色の肌に、燃えるような赤い髪をした屈強な男だった。
フルールは咄嗟に片手を男に向け、ジュールは彼女を庇うように前に出た。
赤髪の男は、戸惑っているフルールとジュールを見ると、はっとしたように姿勢をただし、それから深く頭を垂れた。
「おかえりなさいませ。第六王子、アーロン様」




