12.協力
「あなた、さっきの王子に脅されているのではなくて? ーーたとえば、家族を人質に取られているとか……」
フルールが聞くと、ジュールの顔色が変わった。それこそが答えであった。
「あなただってまだ子どもなのに……」
フルールは少年の容姿を観察する。金色の瞳にはまだあどけなさがあるし、身長はフルールとほとんど変わらない。
「俺は子どもじゃない!」
ジュールはきっとフルールを睨みつけた。ずいぶん大人びて見えていたが、その顔だけは年相応で、同じ年ごろのころ、寝台の上で同じように噛み付いてきていたジルベルトを彷彿とさせた。
それからフルールは、かつてジルベルトにそうしていたように話を誘導し、なだめ、状況を聞き出した。
曰く、人質として取られているのは、彼の父親であった。
「でも、お父さまがご健在なら、どうしてあなたが商会を切り盛りしているの?」
「とうさんは目が見えないんだ。ーー俺が生まれる前に事故で視力を失ったと聞いている。
だから、小さい頃から手伝いと勉強を重ねて……父さんの役に立ちたかったんだ」
親孝行であったことが仇になったのだろう、と、フルールは彼に同情した。
「父さんは何も知らない。ーーだから、もしこの先なにが起こっても、あの人には責任を問わないでくれ」
ジュールは懇願するように言った。
それからの一昼夜、ふたりは怪しまれずに会える食事の時間でいろいろな話をした。
「それじゃあ、ーーアンリもこの船の中にいるの?」
「ああ。彼には悪いが、目くらましとして犯人役を……」
「どうしてアンリに」
フルールが聞くと、ジュールはきょとんとして言った。
「ーーだって、あなたたちはよく密会していただろう?」
「密会ですって?」
フルールは思わず大声を上げて、それから自らの口元を押さえた。その様子を見たジュールは笑いをこぼしている。
「事情を知らなければ、そうとしか見えないだろうよ。だからこそうってつけの人材だったんだ。
前科というのでもないが、魔女騒動のせいで人からの信頼もなく、基本的には一人でいるから攫いやすい。
ーーもっとも、あなたと会うときには、恐らく醜聞になるのを避けるためだろう、侍従や侍女を伴っていたのだけれどね」
「ぜんぜん気がつかなかったわ」
アンリにも協力してもらうことにした。
ジュールはばつが悪そうな顔をして曖昧に返事を濁していたが、フルールは強く頼み込んだ。
アンリは優秀な魔法使いだ。きっと大きな戦力になってくれる。ーーその夜、いつものように食事を運んできてくれた彼の頬は赤く腫れていた。
アンリに協力を頼んだときに殴られたのだという。
それはそうだろう、と思ったが、フルールは痛々しく腫れた頬に手をかざし、覚えたての癒やしの魔法をかけてみた。
実はフルールは、空いた時間を自分の魔力研究の時間に宛てていたのだ。
温室でアンリからなんとなく概要を聞いたものの、フルールには、どうやら自分が雪の聖女という存在で、これまで氷魔法だと思っていたものは雪の魔力だったのだとわかった。
仮に聖女だというのなら、きっと特別なことができるはずだ。
そう考えたフルールは、前世で読んだ物語の聖女のイメージから、まずは癒やしの魔法ができないかと試してみたのだった。
幸い、手首には縄が擦れた傷が無数についている。そこにてのひらをかざし、傷がスローモーションで再生していく様子を頭に思い浮かべた。なるべく具体的に。
すると、てのひらから淡い水色の光が湧き出して、まさに想像したものと同じように、傷が治っていった。
フルールは確信した。
たぶん、大切なのは想像力なのだ。
事前にいろいろなイメージを持っておけば、本当に魔法が必要になったとき、きっと役立つ。
三人がすぐに逃げ出さなかったのは理由がある。
ネージュニクス王国があるのは、冬大陸と呼ばれる冷涼な土地だ。
だが、この船は海を越えて夏大陸に向かっている。
というのも、このあたりには島一つない。逃げたところで、行く宛てがなかった。
王子は時々隙を見てやってきたが、ジュールがうまく追い出してくれていた。そうしてついに、夏大陸が見えてきたのは、二日後のことだった。
ーーしかし。フルールたちは憔悴していた。
逃げ出そうとしていたまさにそのとき、王子が入ってきてしまったのだ。




