10.壊れたもの
「--ノエミ・ヨハンナ・ケリーを拘束しました」
僕がそう言うと、兄は目を丸くした。
それは、フルールが消えた夜から、さらに二日経ってからのことだった。
兄や僕は、ほとんど眠れず、食べものも喉を通らずにいたので、互いに深い隈のある、やつれた顔をして向き合っていた。
「ノエミ嬢を? 一体どうして...…」
兄は不思議そうに眉を下げる。僕は内心、ため息をついた。
聡明で品行方正な王子として評価されているはずのこの人は、身内のことや自分自身のことになると、妙に抜けているのだ。
「他国の間諜を城内に手引きした罪、貴族令嬢に薬を盛った罪、事件を隠蔽した罪、さらには虚偽の申告で撹乱した罪などですよ」
兄は、僕が言葉を繋ぐたびに青ざめていき、硬直し、ついには持っていた書物をぽとりと落とした。
次の瞬間、顔を真っ赤にして、牢へ向けてなのだろう、走り出そうとした。--それに、兄は意外と母に似ている。身内のことになると苛烈なところが。
ドニに目で合図をして、兄を羽交い締めにさせる。
「なっ、離せ……!」
兄はじたばたと暴れた。
ドニの眼鏡に手が当たり、カシャリと音を立てて落ちる。反対側の手は彼の頬を引っ掻き、ドニは目を細めた。
「今大事なことはフルールの命でしょう?」
僕が言うと、兄はうなだれた。
「わかっていることを報告します。
まず、フルールは砂の王国サーブルザントに連れ去られた可能性が高いのです」
「サーブルザントだと? まさか。ありえぬだろう。あんな閉鎖的な王国が……」
兄が首を振る。
「彼の国は、古の時代より、異界からの召喚の儀式を行なっていると言われています。
もしも、フルールがかつて異界で生きていたことがあると知られていたのなら、--あるいは……」
「召喚された者の行方は?」
「もれなく王族と婚姻を結んでいるかと」
兄の顔が真っ白になった。
たぶん、自分も同じような顔色をしているのだろう、と、僕は思わず自嘲した。
「海鳥たちが、船に乗せられる彼女を見ています。夏大陸の方へ向かったと。
また、アンリも船に乗っている可能性が高いです」
「奴が間諜なのか?」
兄の目がぎらりと濁る。僕は「わからない」と答えた。
兄は皆の静止を振り切って飛び出した。
ようやくフルールを見つけたときには、すべてが終わっていた。
彼女は、硝子の箱の中で眠っていたのだ。真っ白なその肌を見たとき、僕の心はふたたび粉々になった。




