9.ある令嬢の野望(2)
--ところが。悪役令嬢が戻ってきてしまった。
クレメント王子とは個人的に話をするくらいには親しくなっていたので、ノエミは、フルールの専属侍女に立候補した。
「学院でもフルール嬢と親しくしていたノエミ嬢なら、きっと彼女も安心して過ごせるだろう。
なにか変わったことがあれば報告してくれ」
彼はきらきらした笑顔をノエミに向ける。フルールの名を口にするときの彼は、誰が見ても恋する男であった。
胸にどす黒いものが広がっていくのを感じた。
二年ぶりに会うフルールは、眠っていたという言葉のとおり、あの頃のまま変わっていなかった。
たった二年の差だというのに、肌の透明感がまったく違うことに、頭をがつんと殴られたような衝撃を受けた。
少女らしさを孕んだ、危うい美しさがそこにはあった。それは、ノエミがもう失ってしまったものだった。
フルールはジルベルト王子にこだわっていた。まだ愛着があるのだろうか。
会いたいという要望を突っぱねると、子犬のようにしゅんとした。
理由などもちろんあるわけがないので、適当に誤魔化しておくと、そのうち何も言わなくなった。
ノエミは、フルールの世話をしつつ、彼女を泳がせておいた。
本当は四六時中ついているべきなのだが、なにか彼女を追い落とすための火種がほしかったのだ。
孤独さを感じたのか、フルールは、御庭番などに成り下がったアンリとよく会うようになった。
これをうまく使えればと思ったが、たまたまの邂逅を果たした一度目とは違い、その後はアンリの方がひそかに侍女と侍従を温室の奥に控えさせるようになってしまった。
これでは醜聞になり得なかった。
そんなある日、サーブルザント王国からの商品を輸入している少年に出会った。
私は、彼の瞳が遠くを散歩するフルールを追っていることに気がついた。
だから、持ちかけたのだ。あの人を攫ってみませんか、と。
単に、少年が叶わぬ初恋に夢見ているだけだと思っていた。ささやかな醜聞を起こせれば、それでよかったのだ。




