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《完結》はずれ王子の初恋   作者: 三條 凛花
第2部 実らぬ初恋
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6.魔法使いの羞恥心

 アンリ・イーサン・ゼーターは、侯爵家の次男として生を受けた。

 王城魔導師長の家系であった。


 アンリ自身は、珍しい二属性持ちだった。土魔法と水魔法に高い適性があったのだ。


 そのため、将来は父と同じく、王城の魔導師として生きていくものだと漠然と確信していた。




 初恋の相手は、幼なじみのサロメ。

 気の強いところや、ぐいぐいと引っ張ってくれるところが魅力的だった。


 だが、彼女の家はここ最近増えてきた、政略結婚をしない家系であった。

 父に頼み込んで縁談を申し込んだものの、それが彼女に伝わることさえなかった。


 一度、彼女の父と会う機会があったのだが、 「自分で口説き落としてみなさい。サロメが頷いたら結婚を認めよう」と言われた。


 だが、アンリにはできなかった。

 幼なじみたちの関係が壊れてしまうかもしれない。そんな勇気は持てなかったのだ。


 それに、彼女の視線が向く先にも、本当は気がついていた。





 結局、学園で過ごすようになった後に、見かねた父がノエミ・ヨハンナ・ケリーとの縁談を持ってきた。


 彼女は栗色の巻き毛に新緑の目をした、庇護欲をそそるような可憐な見た目の少女だった。


 口数は決して多くはないが、楚々として、いつも口元に笑みを浮かべているその様に、アンリは次第に惹かれていった。





 夢を見ているかのように身体が勝手に動き出すようになったのは、いつからだったのだろう。


 機械のように、決まった動作を自然に行なうことはできる。

 生活にまつわる基本的なことや、勉強といったことは、身体に染みついた習慣なのか問題なくできる。


 だが、自分の意思に従って動くことだけはどうしてもできなかった。


 転入してきたスピカ・ディディエという少女に対しての、心にもない愛の言葉がするすると口をついて出る。


 止めたいのに止まらない。笑いたくもないのに彼女を見つけると足が動き出し、口元が上がる。


 誰かに助けを求めたいのに、--話すこともできない。


 そうしてアンリは、卒業を祝う夜会での、断罪劇の登場人物として組み込まれていってしまったのだった。





 関係者への咎めはなかったが、魔女騒動として国民皆が知っていることだ。すでに面白おかしく書かれた絵物語や劇が出回っていた。


 アンリは人の目が怖くなってしまった。

 誰もが自分を嘲笑しているように思えて仕方がなかったのだ。




 しかし、そんなアンリにクレメント王子が直々に王城魔術師への誘いを持ってきてくれた。


 うれしかった。初めは置かれた場所で努力しようとがんばった。


 だが、二属性持ちと言えども、才能ある者ばかりが集う王城で、自分の能力など大したことないのだと思い知った。


 職を辞したいと告げると、クレメント王子は残念そうな顔をしてくれた。


 そして、決まった曜日以外は一人でも作業のできる、御庭番の仕事をあてがってくれたのだった。





 極めつけは、婚約破棄だった。


 あの騒動からは、ノエミに会う勇気が持てず、なんとか手紙だけでやりとりしていた。


 だが、段々と返事が来なくなり、いつの間にか王城の侍女になっていたノエミが温室に直々にやってきたのは、一年ほど前の事だった。


 彼女は、にこにことほほ笑みながら告げた。


「わたくし、不甲斐ない方は好きになれません」


 はじめは何を言っているのかわからなかった。


「今のあなたのお仕事は、平民のするものでしょう?」


 ノエミはこてんと首をかしげた。


 おっとりとしたいつもの気風で、だが辛辣な言葉が美しいくちびるからこぼれ出す。


「誰でもできる仕事なんて、価値がないわ。つまり、あなたも無価値ということです。

 わたくしは、唯一の存在の唯一になりたいの」


 アンリが硬直していると、ノエミは可愛らしい笑顔でころころと笑ってそう言った。


 それからふと視線を落として「前はもっと慎ましい願いだったのですが」と、小さな声で言った。


「わたくしは、添え物の人生に満足していました。でも、必要なものが消えてしまったのです。

 それならば、わたくし自身が、自分の人生の主役になってもいいのかもしれない。そう思えたのですよ」


 最後まで美しくほほ笑みながら、ノエミは淑女の礼をして温室を出て行ったのだった。







 手足が痺れたように痛い。どうやら縛られているらしい。

 光の入らない小部屋で、アンリは目を覚ました。


 揺れとたぷんたぷんという水音が響いてくる。船の上だろうか。


 この船がどこに向かっているのかはわからない。だが、もうすべてがどうでもいい気がしていた。


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