5.おにぎり
のろのろと身体を起こすと、鋭い痛みが頭を抜ける。フルールは思わず呻き声を上げた。
手足にもびりびりとした痺れがある。
縛られているのだと気がついたのは少しあとのことだった。
フルールがいるのは薄暗い部屋の中で、寝台に寝かされているらしかった。
絶えずゆらゆらと揺れている。山間の王国では体験したことの無い感覚は、前世でなら覚えがある。
嫌な懸念が胸によぎる。--ここは、陸の上ではないのではないか、と。
そうしてフルールは、王子妃教育で頭の中に叩き込んだ地図を、なんとか引きずり出した。
「ああ、あんた気がついたのか」
少しずつ目が暗さに慣れてきた頃のことだった。扉が開いて、外の光が目を刺した。
フルールは思わず目を細めて、声の主を仰ぎ見た。
そこに立っていたのは、金髪に金色の髪をした少年であった。
肩より少し長い髪を、後ろでくくり、身につけているのは平民にしては少し上等な服だった。
彼をきっと睨みつけると、少年は、フルールの目をしばらくじっと見つめていたが、--ややあって、不思議そうに首を傾げた。
それからランタンを部屋の中央に置くと、持ってきた食事を、淡々と並べていった。
用意されていたのは温かなシチューとおにぎりで、妙な取り合わせだったが、驚くべきはそこではなかった。そもそも、こちらの世界で米を見たのがはじめてだったのだ。
少年はスプーンにシチューをすくうと、手ずからフルールの口元へと運んだ。
フルールは首を横に振ってそれを拒絶した。
乾燥していたせいか、声がうまく出せなかったのだ。
しばらくすると、ドスドスと鈍い足音が近づいてきた。少年はちっと舌打ちをすると、フルールを庇うように背に隠した。
「ジュール!」
声とともに扉が乱暴に開けられた。ややふくよかな黒髪の少年が立っていた。
身につけているものは見るからに高級品だとわかるそれで、装飾がじゃらじゃらといくつもついていた。
「それで? 女は起きたのか?」
黒髪の少年は、首を伸ばしてこちらを覗き込み、フルールと目が合うと下卑た笑みを浮かべた。
「--ふうん、年増だと聞いていたが、そこまで悪くはないな」
少年の手がこちらに伸ばされてくる。髪に触れそうになり、ぞわりと鳥肌が立つ。
その手を払ったのは、ジュールと呼ばれた少年だった。
「貴様、--平民の分際で、何をする」
黒髪の少年は、顔を真っ赤にして地団駄を踏んだ。
「余はサーブルザント王国の王子ぞ? 異国の平民風情が、生意気な!」
「殿下。今この者に手をつけてはいけません。
まずは陛下へのお目見えを済ませ、その後、研究者と引き合わせなければならないでしょう?」
ジュール少年は諭すように言ったが、フルールはぎくりとした。
「だが、本当にそこの女は本当に召喚者なのか?
どう見てもネージュニクスの者特有の、野蛮な見た目ではないか」
王子は自らの、癖のある黒髪をいじりながら言った。
ジュールがすかさず彼を取りなす。
「--殿下、この者は召喚者ではなく、転生者なのです。生きたままこちらに呼ばれたものとは違います」
王子はまだ納得していない様子だったが、つまらなそうな顔をして部屋を出て行った。
「召喚者とか、転生者って……なんのこと?」
フルールがなんとか声を出すと、ジュールは飄々とした様子を崩さず、片眉を上げた。
「そのままの意味だ。いずれも異界で暮らしていた者たち。
召喚者は生きたままこちらに呼ばれ、転生者はこちらで生まれたものの異界で暮らしていたときの記憶を持っている者を指す。
サーブルザント王国では、こうした者たちを集めて利用しているんだ」
「--利用?」
フルールはうすら寒くなって訊いた。
「王族はな、子どもに異能を引き継がせることができるんだ。召喚でこちらの世界に来た者は、その身に莫大な魔力を宿す。
その血を連綿と取り込むことで国力を上げているんだよ」
「血を取り込むって、まさか」
ジュールは頷いた。
「あんたは、サーブルザント王国第六王子の、花嫁に選ばれたんだ」




