4.消えたのは、二人
「フルールをどこに隠した!」
クレメントが怒鳴り込んできたのは、早朝のことだった。
兄の目は血走っており、その手はジルベルトの胸ぐらを掴んでいた。
夜着のまま寝台から引きずり出されたジルベルトは、事態が飲み込めず、混乱していた。
「兄上、どういうことですか」
「ーーふざけるな。貴様と一緒だったと聞いているぞ」
「殿下、落ち着いてください」
止めに入ったドニに、クレメントは鋭い眼差しを向ける。
「ーー犯罪者如きが。貴様が手引きしたのではあるまいな」
「兄上!」
今度はジルベルトが掴みかかる番だった。結局王妃が止めに入るまで、クレメントは憔悴し、取り乱し続けていた。
「まずは状況を整理しましょう」
王妃は落ち着いた声で言った。だが、その顔は蒼白になっていた。
父王は領地を回っているところでこの場には居ない。
場所は王族の食堂に移されていた。
人払いがなされ、王族の三人のほかは、ドニとフルールの侍女だけが入室を許可された。
「フルールは昨夜、ジルと会う約束をしていた。そうですね?」
ジルベルトは頷く。
「その場所に現れたのですか?」
ジルベルトはふるふると首を横に振る。
昨夜、決死の思いでフルールを呼び出したが、日付けが変わるまで待っても彼女が現れることはなかった。
それが答えなのだと悟り、身体の力がふっと抜けたようになり、ドニに抱えられるようにして部屋に戻った。
なかなか寝付けず、寝台に入ったのは、明け方のことであった。
「もしかして……」
ためらいがちな声がこぼれた。そばに控えていた、フルール付きの侍女・ノエミであった。
皆の視線が一様に集まり、彼女ははっと口を噤んだ。
「そこの貴女、……発言を許可します」
母が言うと、ノエミはふるふると震えながら切り出した。
緊張しているのだろうか、その新緑のような色をした大きな瞳は潤み、今にも涙がこぼれ落ちそうだった。
「ーーフルール様はなにかを悩んでおいでだったのです。ですから、出奔してしまったのではないかと……」
「なんだと?」
クレメントが鋭い目線をぶつけ、ノエミは縮み上がった。
「ーーも、もし、ジルベルト様の元へ向かうおつもりだったなら、わたくしに何か言付けがあったはずです。
ですが、部屋には変わった様子もありませんでしたし、わたくしが食器を戻しているわずかな間にいなくなってしまったのです。ご自身の意思でなければ不可能かと存じます」
クレメントが舌打ちをする。いつも優しく品行方正な王子として評判高い兄に、このような一面があったことに僕は驚いていた。
「貴女、確かフルールと同級生だったわね」
母が言った。
「フルールが誰かと会っている様子はあった?」
「ーーそれが……」
ノエミは口ごもる。
「この場のことは不敬に問いません。口調や態度を気にせずにお話しなさい」
「は、はい。ーーフルール様は、わたくしの元婚約者であるアンリと、人目を忍んでお会いになっていました」
母は口元を扇で隠した。その瞳には、剣呑な光が宿っていた。
「--恥知らずな……」
母のくちびるからこぼれ落ちたその言葉に気がついたのは、僕とノエミだけだったようだ。兄は真っ白な顔をしていた。
ノエミはぱちぱちと瞳を瞬かせて、僕たちの様子を窺いながら、話を続ける。
「彼は今、温室で御庭番をしており、連日そこに通い詰めていたことがわかっています。
わたくしにも告げずに会っていたので、もしかすると……」
クレメントは顔を真っ赤にして、すべてを聞かずに飛び出していった。母はため息をつき、頭を抱えた。
ノエミは淑女の礼をすると、クレメントの後を追うようにして出て行った。
「母上……」
僕が言うと、母はふうと長く息を吐き出した。
「わかっています。ーーあなたの命魔法で情報を集めなさい。
特に、この城で過ごすようになってからの、あの女について」
その瞳には、苛烈な光が宿っていた。
しばらくして青い顔をして戻ってきたクレメントにより、アンリの姿もまた、忽然と消えていることがわかった。
「やっぱり……」
ノエミの悲痛な声が落ちた。
「おふたりは、駆け落ちしてしまったのですね」
クレメントの顔から、ごっそりと表情が抜け落ちたのだった。




