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《完結》はずれ王子の初恋   作者: 三條 凛花
第2部 実らぬ初恋
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1.眠り姫の目覚め

「ーーわたくしは、あなたをお慕いしています」


 フルール・ルル・フレージュはそう言うと、ふわりとほほ笑んだ。花がほころぶような美しい笑顔だった。

 予想外の言葉だったのだろうか、金髪の第一王子は、身を固くした。


 それは王妃の庭での出来事。待ちに待った春に誰もが浮き足立っていた、桜月のこと。




 一年のほとんどを雪で覆われている庭は、ここぞとばかりに芽を出し、気の早いものはすでに花を咲かせ、さまざまな植物で溢れかえっていた。


 王妃の庭は、彼女と夫、そして子どもたちの瞳の色である青と紫の花ばかりが植えられており、幻想的な雰囲気をつくりあげていた。


 二人は、その庭で毎日のように会っていた。


「殿下の優しいところも、もともと才覚がおありなのにそれでも尚、努力を重ね続けていることも、……わたくしは、とても尊敬しているのです」


 それを柱の陰から見ていたドニは、思わずため息をつき、その場から立ち去った。





 二年もの間、眠ったままだったフルール・ルル・フレージュが目を覚ましたのは、この国の長く閉ざされた冬がちょうど終わったころだった。

 瑠璃詰草の花が見事なまでに青い絨毯をつくっており、今年最初の蝶を見つけた時分であった。



 その瞬間に立ち会った第二王子・ジルベルトは、泣くことも忘れて彼女に駆け寄った。

 だが、フルールは彼を視界に捉えるよりも前に、氷漬けの親友に気づき、取りすがったのだった。そして、そのまま、気を失ってしまった。


 ジルベルトがその体を抱えて王城に戻ったことも、その後夜中までそばについていたことも、彼女は知らないのだろう。





 フルールはなかなか体力が戻らず、公爵家に帰るのではなく、そのまま王城にとどまることとなった。


 ジルベルトはどう話しかけようか迷っているうちに機会を逃してばかりいたが、一方のクレメントは違った。彼はどんなに執務の忙しい日でも、必ずフルールと過ごす時間を設けていた。


 王妃が趣味で作り上げたガゼボに、宝石菓子や軽食を用意して、他愛のない話に花を咲かせていた。

 なるほど、二人は趣味も性格もよく似ている。さらに、執務の面でも、学園時代の成績についても、王太子クレメントは誰もが認める才気の塊であった。


 決してジルベルトが劣っているのではない。クレメントが突出しているのだ。


 日に日に顔色のよくなっていくフルールが、ころころとあまりにも楽しそうに笑うので、ドニは悔しささえも覚えていた。



 フルールの姿を遠くに見とめるも、どのように謝罪をしようか考えているうちに、彼女の姿が遠くなってしまい、落ち込む主人に歯がゆさを覚えていた。


 彼女にこれまで取ってきた態度の、せめてもの罪滅ぼしにと、図書室から彼女の好きな書物を運ばせていたジルベルトのことを見てきたからだ。


 彼女の夜食に出されるグラソンベリーのコンポートも、ジルベルトが手配したものだ。

 ドニと一緒に手ずから育て、収穫したものを、生命力を補ってくれる果実だからと蜜漬けにして保管していたのだった。





 なんて報われないのだろう。


 フルールの中で、ジルベルトは未だに、他の女にうつつを抜かした上に婚約破棄を突きつけた外道のままなのだろう。

 ドニはそう判断した。


 自らがそのきっかけを作り出したこともあり、なんとかできないものかと画策した。


 希望はあった。それは、フルールがドニに向ける軽蔑の眼差しだ。

 誰にでも優しいと評判の彼女が、かつてジルベルトを虐げていた自分に向ける目の意味を推測し、嬉しささえあった。


 けれども、ひと月が経ち、クレメントの求婚に答える彼女の姿を見て、それは徒労に終わったのだと、悟ったのであった。




 そして、ジルベルト本人もまた、諦めの境地にいた。

 ドニが理不尽にも嫉妬していた、小さな子どものころのように、どこか頑なな態度に戻りつつあったのだ。


 眠ったままの彼女には、あんなにも饒舌に話していたじゃないか。とろけるような甘い笑顔だってできるじゃないか。


 ドニは、そんなジルベルトの様子に苛立ちを覚えた。


 だから、ドニは彼を焚き付けることにした。荒療治かもしれないし、うまくいかない可能性のほうが高い。



 でも、それでも、気持ちを伝えぬままクレメントとフルールが結ばれてしまったら、きっと後悔すると思った。

 そうしてジルベルトはやっと動き出した。


 夜に礼拝堂の前で待ち合わせたのだ。




 ところが、いつまで経っても、フルールは現れなかった。


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