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《完結》はずれ王子の初恋   作者: 三條 凛花
幕間 失われた二年とその先の世界
22/54

キャンディフラワーの真心(3)

キャンディーフラワー編はあと2話です。

こちらは入れるつもりのなかったお話なので、

あと2つ以上は後日談を書くと思うけど、区切りがいいのでまた後日に。


しばらくは新作『黒侍女と魔法の手帳』に戻ります。


負け犬の黒侍女と揶揄されていたララリアラが、森の中で拾った手帳をきっかけに前世を思い出し、自分や周りを変えていくお話。

「南部のフレージュ公爵領に、キャンディフラワーという花があることを知ってるか」


 ドニが訊いた。

 それから彼は、王都を離れたくないという僕を無理やり馬車に押し込んだ。


 それは、雪解けのころ、フルールが目覚める少し前の話。







「僕が王都を離れたら、フルールに注ぐ命魔法はどうする!」

「命魔法を注ぐのは月に一度で良かったはずだったと思うけど? それにさ、この小さい国のことだ。王都までも日帰りで往復できちゃうんだから、気にするなよ」


 揺れる馬車の中で僕が怒鳴ると、ドニは呆れた顔をした。


「だが、たくさん注いだほうが早く目覚めるかもしれないだろう」

「ーーそれなら、他の命魔法の使い手に頼んでおくよ。」

「なっ……」

「嫌がらせでこんなことをしてるわけじゃない。あなたは知ったほうがいいと思ったから連れ出した」


 ドニは、いつになく真剣な顔をして言った。


「俺はあなたからフルール嬢を遠ざけようとしていた。

 理由の一つは個人的にあなたに悪感情を持っていたからだ。

 そしてもう一つは、あなたが彼女に暴言を吐くのを見ていて、気の毒になった。

 ーーフルール嬢の手がいつも荒れていたのは覚えているか?」


 僕は、ドニと共に自室にこもって過ごした日々を思い起こした。

 日を空けずに訪ねてきてくれていたのが、フルールだけだったあのころのことを。


 彼女は長い銀髪を低い位置で二つに結わえ、瑠璃色のリボンを結んでいた。その顔にはいつも穏やかな笑みが湛えられており、その手は白く美し……くはなかった。


「令嬢の手だとは思えないな。少しは手入れをしたらどうなのだ?」


 そんなふうに吐き捨てた記憶がある。


 学園にいたときは、忌々しいディディエの娘を引き合いに出して、彼女を罵ったこともある。


 後悔にうなだれ、馬車の座面に沈み込んだ僕を、ドニは再び呆れたように眺めていた。





 僕たちを乗せた馬車が辿り着いたのは、南部・フレージュ領の小高い丘であった。

 初めて訪れる、ルルの生まれ故郷。


 丘の上にある真っ白な風車のところまで登ると、湖が一望できた。まだうっすらと残る雪の下から、淡い青色の花が顔を出している。


「あの風車の向こうだ。そこにキャンディフラワーの群生地がある」


 ドニは歩くのに慣れているのだろう。道無き道をすたすたと進んでいく。僕は遅れて続き、何度かつるりと足を滑らせた。




 風車の向こう側は斜面になっており、下り坂の一面に丸くこんもりと茂った木がいくつも生えていた。


 その木は、爪ほどの大きさの花を鈴なりにつけており、雪葡萄のような爽やかな香りがあたりに立ち込めていた。


「ーーこの香りには覚えがあるな」

「これがキャンディフラワーだ。別名飴木花。花の中には、飴のようにねっとりとした花蜜が詰まっていて、薬効があるんだ。ネージュニクスでは南部のこの場所の特産品として知られている」


 ドニは、植物学者らしい顔をして、つらつらと述べた。


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