キャンディフラワーの真心(3)
キャンディーフラワー編はあと2話です。
こちらは入れるつもりのなかったお話なので、
あと2つ以上は後日談を書くと思うけど、区切りがいいのでまた後日に。
しばらくは新作『黒侍女と魔法の手帳』に戻ります。
負け犬の黒侍女と揶揄されていたララリアラが、森の中で拾った手帳をきっかけに前世を思い出し、自分や周りを変えていくお話。
「南部のフレージュ公爵領に、キャンディフラワーという花があることを知ってるか」
ドニが訊いた。
それから彼は、王都を離れたくないという僕を無理やり馬車に押し込んだ。
それは、雪解けのころ、フルールが目覚める少し前の話。
「僕が王都を離れたら、フルールに注ぐ命魔法はどうする!」
「命魔法を注ぐのは月に一度で良かったはずだったと思うけど? それにさ、この小さい国のことだ。王都までも日帰りで往復できちゃうんだから、気にするなよ」
揺れる馬車の中で僕が怒鳴ると、ドニは呆れた顔をした。
「だが、たくさん注いだほうが早く目覚めるかもしれないだろう」
「ーーそれなら、他の命魔法の使い手に頼んでおくよ。」
「なっ……」
「嫌がらせでこんなことをしてるわけじゃない。あなたは知ったほうがいいと思ったから連れ出した」
ドニは、いつになく真剣な顔をして言った。
「俺はあなたからフルール嬢を遠ざけようとしていた。
理由の一つは個人的にあなたに悪感情を持っていたからだ。
そしてもう一つは、あなたが彼女に暴言を吐くのを見ていて、気の毒になった。
ーーフルール嬢の手がいつも荒れていたのは覚えているか?」
僕は、ドニと共に自室にこもって過ごした日々を思い起こした。
日を空けずに訪ねてきてくれていたのが、フルールだけだったあのころのことを。
彼女は長い銀髪を低い位置で二つに結わえ、瑠璃色のリボンを結んでいた。その顔にはいつも穏やかな笑みが湛えられており、その手は白く美し……くはなかった。
「令嬢の手だとは思えないな。少しは手入れをしたらどうなのだ?」
そんなふうに吐き捨てた記憶がある。
学園にいたときは、忌々しいディディエの娘を引き合いに出して、彼女を罵ったこともある。
後悔にうなだれ、馬車の座面に沈み込んだ僕を、ドニは再び呆れたように眺めていた。
僕たちを乗せた馬車が辿り着いたのは、南部・フレージュ領の小高い丘であった。
初めて訪れる、ルルの生まれ故郷。
丘の上にある真っ白な風車のところまで登ると、湖が一望できた。まだうっすらと残る雪の下から、淡い青色の花が顔を出している。
「あの風車の向こうだ。そこにキャンディフラワーの群生地がある」
ドニは歩くのに慣れているのだろう。道無き道をすたすたと進んでいく。僕は遅れて続き、何度かつるりと足を滑らせた。
風車の向こう側は斜面になっており、下り坂の一面に丸くこんもりと茂った木がいくつも生えていた。
その木は、爪ほどの大きさの花を鈴なりにつけており、雪葡萄のような爽やかな香りがあたりに立ち込めていた。
「ーーこの香りには覚えがあるな」
「これがキャンディフラワーだ。別名飴木花。花の中には、飴のようにねっとりとした花蜜が詰まっていて、薬効があるんだ。ネージュニクスでは南部のこの場所の特産品として知られている」
ドニは、植物学者らしい顔をして、つらつらと述べた。




