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《完結》はずれ王子の初恋   作者: 三條 凛花
幕間 失われた二年とその先の世界
20/54

キャンディフラワーの真心(1)

「南部のフレージュ公爵領に、キャンディフラワーという花があることはご存知ですか」


 鳶色の髪に眼鏡をかけた、人好きのする顔の男がそう尋ねた。それから彼は、王都を離れたくないという僕を無理やり馬車に押し込んだ。









 行方をくらましていた元従者のドニ・デ・ボンタンが、王城に出頭したのは、フルールが倒れてから一年半ほど経ったころのことだった。僕は、執務や勉強の傍ら、未だ目覚めぬ彼女のもとへ足繁く通い、懺悔を続ける日々を送っていた。

 

 父に呼ばれて馳せ参じた謁見室には、男が衛兵に捕らえられ、跪かされていた。


 肩よりも少し長いありふれた茶髪は、粗末な紐でくくられており、着ているものは農民のそれであった。


 男はずっと俯いていたので、父に聞かされるまで、それがドニだと気づくことは無かった。





 ドニは、フルールから僕への手紙を隠していたのだという。そればかりか、僕への贈り物を渡さずに売り払ったりしたことで、一時は牢に入っていたと。

 いずれも、はじめて耳にする話だった。


「ーードニがどうして居なくなったのか、知らなかった」


 僕が言うと、母はおっとりとほほ笑んで「あなたが知る必要がないと思ったのよ」と答えた。


 薄い桜色のくちびるは笑みの形をつくっているのに、春空のように優しげな青い目は虫を見るかのように歪められている。


 僕は、背筋が粟立つのを感じた。


「あなたは、この者を気に入っていたでしょう? 傷つくかもしれないから、伝えないほうがいい。母は、そう判断しました」


「ではなぜ、今日は知らせたのですか」


 僕は、胸の中にもやもやした黒いものが湧いてきて、やや語気を強めた。母は首をこてりと傾げ、父はおや、という顔をした。


「--私が進言したのだ」


 答えたのは兄だった。


 母譲りの穏やかな空色の瞳が、まっすぐに僕を射抜く。


「正直なところ、私とてこのような奴は秘密裏に処分してしまいたい。わが弟に不敬を働いたのだからな」


 僕は、耳を疑った。


「--でも、以前、フルール嬢と話していて気がついたのだ。私たちの望みとジルのそれとは違うこともあると。おまえはどうしたい?」


「あら、クレメントったら」


 母は口元に手を当てて、ころころと笑った。


「処刑に決まっているでしょう?」


 僕は驚きのあまり、開いた口が塞がらぬまま、母と、いつの間にか顔を上げていたドニとを交互に見つめた。ドニは震えているかと思いきや、その顔は穏やかに凪いでいる。


「ーーそもそも、そこの者が余計なことをしなければ、ジルとフルールはここまで拗れることもなかったのです。

 フルールの身体に傷がつくことも、こんこんと眠り続けることも。

 それに、王家のものを盗むなど言語道断。見せしめが必要だわ」


「--私も心情としては同じだ」


 そう続けたのは父だった。


 僕は面食らっていた。自分をきらっているはずの家族たちが、思いもよらぬことを口にするのだ。


「だが、その男には利用価値もある。」


 父は為政者の顔をして、にんまりと笑った。





 ドニ・デ・ボンタンは、グラソンベリーについて研究する植物学者として、王城に召し抱えられることになった。


 ここに来る前は東部の果樹園に身を潜めていたらしい。グラソンベリーはこの国の特産品でもあるが、東部でしか育たず、謎の多い果樹である。


 彼の持つ知識と経験は、今後の貿易のためにも必要だと父が判断した。



 意外にも、その温情に不服そうな顔をしていたのはドニその人だった。


 だが、やがて諦めたようにふう、と息を吐くと、記憶を失っていたため、果樹園の主を咎めないようにしてほしいと、彼は何度も真剣に訴えた。父は、それに応じた。




 牢に入れる代わりに、監視のしやすい王城に居を構えることとなった。


 さらに、僕付きの従者にも戻された。


 ドニをふたたび従者にすることには、母が最後まで反対していたが、これは僕の強い希望であった。ーー僕は、彼と話してみたいと思っていたのだ。




「ーーまず、君に命令がある」


 僕がそう言うと、ドニはどこかほっとしたように顔を上げた。


「僕への敬語は不要だ。むしろ、普通に接してくれなかった場合は罰則を考える。

 それだけではない。僕が間違っていたり、悪い方向に進んでいたりしたときは、必ず忌憚のない意見を言うこと。それこそが君の仕事である」


 ドニは不思議そうな顔をしていたが、やがて頷いた。


「わたくしからも命令があります」


 母が続けた。


「あなたは罪人です。その命は、ジルベルトのために使いなさい」


「ーー母上!」


「いいですね。もしも、ジルベルトの身に危険が迫ったときは、ドニ。あなたが身代わりになるのです。これは厳命です」


 ドニは静かにその言葉を聞き入れ、そして、安堵したようにほほ笑んだ。







後日談の投稿を再開しました。




この1ヵ月ほどの間に、


連載3本(うち2本は完結済)

短編を1本


とたくさん書いていました。



異世界ものはすべて王国シリーズのお話です。


国は変わりますが、

この物語では解けない謎の答えなどもありますので、よろしければ合わせてどうぞ。



どれから読んでも問題ありませんが、

お読みいただける場合のおすすめの順番は


『滅びの聖女』→グラソンベリーがキーアイテムとして登場

『追放公女』→魔女の謎

『黒侍女』→連載中ですが、今後はずれ王子のキャラクターが登場予定


です。




また、すっかりはずれ王子の設定が頭から抜けていたので、復習がてら書いた資料集を活動報告に載せていきます。

よろしければそちらもご覧ください。


王国歴や温室の仕組み、王国の生き物、女神信仰などを載せていきます。

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