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《完結》はずれ王子の初恋   作者: 三條 凛花
幕間 失われた二年とその先の世界
19/54

後日談 グラソンベリーの果樹園にて(3)

 いつの間にか春になっていた。ドニがこの場所にやってきてから二度目の春だ。


 以前は隣にアデルがいて、やわらかくほほ笑んでいた。でも、彼女はもういない。

 ドニは、もう何度目になるかわからない涙を流した。そして、これからの身の振り方に悩んでいた。


 アデルの埋葬を済ませたあと、ドニはそのまま果樹園に残り、アデルの父を手伝った。

 彼はいつも気まずそうにしていたし、姉のニコルのほうが近寄ってくるのは不快だったが、ほかに行く宛もない。

 そもそも、ドニは追われている身なのだ。


 春になってやってきたハリーは、アデルの死を知ってひどく取り乱した。この男も彼女を好いていたのかもしれない、と思った。

 ハリーは王都の噂をいろいろと置いていった。その中には、懐かしい第二王子の話もあった。何でも愛の魔女にそそのかされていたのだとか。婚約者だったフルール嬢が実は聖女だとわかったが、王子をかばって倒れたのだとか。


 ドニは、少なからず自分がその一因を担っていることに気づいた。そして、生まれてはじめて懺悔の気持ちが芽生えた。

 考えたくはなかったが、アデルの死は、自分への罰だったと思えてならなかったのだ。



 ある日、グラソンベリーの剪定をしていると、アデルが仲良くしていた熊がやってきた。

 彼女亡き今、ただの巨大な獣であるそれと対峙して、ドニは心臓が嫌な音を立てるのを感じた。

 彼女のいない世界なんていらないと確かに思っていたはずなのに……。そう思うとドニは、情けなくなった。


 熊はじっとドニを見つめると、くるりと背を向けた。そして、ちらちらとこちらに視線を寄越す。まるで、ついてこいと言っているかのようだった。


 ドニは一定の距離を取って、熊のあとをついていくことにした。




 しばらく獣道を進んで、辿り着いたのは森の泉だった。そういえばいつだったか、アデルが森の秘密を教えてくれたことがある。


「この森はね、迫害された異国の王女さまの隠れ家だったの。私たちはたぶんその末裔。ほら、この国の人にはない目の色をしているでしょう?」

 アデルは、グラソンベリーと同じ赤い瞳を指差した。


「それでね、ここからは言い伝えで、どこまで本当なのかはわからない。でも、森の中に秘密の泉があるのですって。王女さまは、強大な魔力を恐れられ、国から追放されたの。その魔力を溶かした泉があって、そこにいくと、見たいものが視えるんだって母さまが言ってたわ」





 ドニは、透きとおっているのに底の見えないその泉のそばに跪いた。そして、アデルにもう一度会いたいと願った。

 ところが、いつまで経ってもなにも変化はなかった。凪いだ水面すれすれの場所を蝶が走るように飛んでいく。


「どうして、あの子が死ななければならなかったんだ……」


 ドニはぽつりと漏らした。そして、つう、と落ちてきた涙を手の甲で拭って、上を向いた。


 そのときだった。泉が淡く光ったかと思うと、そこに過去の出来事が、投影されたのだ。






 森で会話する行商人のハリーと姉妹の父親。その様子を物陰から窺うニコル。声は聞こえなかったが、ドニは王城にいたときに読唇術を身につけていた。

 ドニは、自分の正体が知られていたことに驚く。父親はそんな素振りを決して見せずに、今まで通りにドニに接してくれていたのだ。家族に疎まれてきたドニは、胸が震えるようなうれしさを感じた。


 そして、知ってしまった。ニコルがアデルに吹き込んできた毒の数々を。それはさながら、ドニが王子にしたのと同じ方法だった。

 だから自分を避けるようになったのかと、ドニは落胆した。一方で、急にニコルが接触してきた理由もわかった。

 。




 ふたたび場面は切り替わる。それは、アデルが亡くなったあの日のことだった。


「グラソンベリーの収穫を代わってくれない?」


 ニコルは確かにそう言っていた。


「いいわよ。家の中の仕事は、アデルの方が得意だしね」


 そう言うとアデルは、かごを持って出ていってしまった。

 ドニは思わず大声を上げていた。無意味だとわかっていても、止めたかった。このままだと君は、雪崩に巻き込まれて、崖から落ちてしまうのだーー。




 アデルが出て行ったあと、ニコルはこてんと首をかしげた。


「上手くいくといいのだけれど......」


 そう言うと、てのひらにふわりと炎を出す。

 それを見てドニはわかってしまった。雪崩が起きた理由を。炎魔法を使って、地表を温めたのだろうーー。


 体中の血が沸騰しそうな激情が湧き上がってくる。今にも駆け出したいのをなんとか押さえて、荒く息を吐き、少しずつ呼吸を整えていった。





 数日後、ドニは茶番をくり広げた。記憶が今しがた戻ったふりをしたのだ。そうしてニコルに求婚し、共に王都へ向かうことにした。

 父親に知られるわけにはいかなかったので、心苦しかったが、靴底に埋め込んであった宝石と置き手紙を残して、二人、旅に出た。

 また、村に出たときに働き手も数人、信用できる人間を見繕って依頼してある。





 王都に着いた。すると、ニコルは狙い通りに動いてくれた。ドニの財布を奪い、消えたのだ。

 彼女はドニを愛していたわけではない。王都まで連れて行ってくれる便利な道具がほしかっただけだ。


 でも、ドニは知っている。なにも知らずに田舎から出てきた若い女が、たいていどうなるのかを。ニコルをじっと見ている男がいる。あれは、人攫いだろう。裏町に出入りしていたときに見覚えがある。

 その日以来、ニコルの姿を見ることはなかった。




 ドニは、自分のやるべきことをするために、振り返らずにその場を後にした。

 そうして、王城の門をくぐった。








 ――――


 ドニ・デ・ボンタンは、ボンタン伯爵家の三男である。


 彼は、魔女事件に直接の関わりはなかったが、第二王子の侍従だったものを放逐されている。彼が第二王子の人格形成に大きな影響を与えたと言われている。


 ところが、事件から一年後。ドニは再び王宮に迎え入れられた。


 その後の彼の活躍は目覚ましいものがあった。グラソンベリーの薬用性に気づいたり、王都でも栽培できるように改良したりと、植物にまつわる分野で突出していた。


 一方で、国防に関しても詳しく、深い知識の持ち主であったとされている。


 第二王子とは、晩年、仲良く肩を組む姿が見られている。


 なお、私生活においては、生涯妻を持たなかったとされている。


 ピエール・サリム・モンデュー著

『ネージュニクス王国研究史 愛の魔女と雪の聖女』(初版:王国歴1019年)

 ――――

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