表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
《完結》はずれ王子の初恋   作者: 三條 凛花
幕間 失われた二年とその先の世界
16/54

後日談 魔女の片割れについて

はずれ王子の後日談です。

あと最低3人分の後日談を書きたいと思っています。またお付き合いいただけると嬉しいです。


なお、まきぶろ先生・琴子先生の企画「ヤンデレ推進委員会」に2作品で参加します。


『ロゼットに落ちる春』

https://book1.adouzi.eu.org/n9818gy/

完結話まで執筆済みですが、プライベートが忙しすぎて、1章ずつを週1更新かなーと思ってます。


『サーブルザントと憑かれた召喚聖女』

https://book1.adouzi.eu.org/n7965gz/


子どもの夜泣きで仕事もできなかったので、こちらはとりあえず序盤だけUPしていきます。

「誰にでも優しいって、残酷なことだよ。どうしてわからないの?」


 大きな瞳に涙をいっぱいに溜めて、見知らぬ少女が言った。

 ――そうして、サロメは気を失った。








 サロメの感情は、物心ついたときから欠落していた。

 子どもらしくない、大人びた子だと言われてきた。一方では冷たくて怖いだとか、何を考えているかわからないとも。サロメには、周りの人間のようになにかを大切に思ったり、執着したりするようなことがなかったのだ。

 彼女の判断基準は、面白いかどうか。それだけだった。そして、それは善悪の区別がなかった。




 ある日、サロメは、巣から落ちたらしいひな鳥が溺れているのを見つけた。そして、それを助けようとして池に落ちた少年も。

 少年の金色の髪が、泉にふわりと花のように広がっていて美しい。もがく彼の様子をしばらく眺めていたが、声も出せずに沈んでいくのを見て、仕方なく助けることにした。

 その美しい様子が気に入ったからだ。


 サロメは大人びた子どもだったが、だからと言って優れているわけでも、大人のような知識があるわけではなかった。溺れた人間を助けようと自ら泉に入る無謀さを知らなかったのだ。

 助けるつもりが自分も同じように溺れてしまう。水を吸ったドレスは驚くほど重たいし、秋口の冷たい泉の水が体力を奪う。

 サロメは恐怖を感じることなく、ああ、死ぬのかもしれないなとふと考えていた。



 そのとき、遠くから少女の声が聞こえて、ざぶんと水音がしたかと思うと、金色の髪の少年は焦燥した様子の大人に引き上げられた。服装から言って、おそらく騎士だろう。


「早く掴まって! 今投げるから……!」


 鋭い悲鳴のような少女の声に、おやと思っていると、サロメの手がなんとか届くあたりに板切れが投げ入れられた。サロメとしてはこのまま沈んでみるのも面白いと思ったのだが、少女のあまりに必死な様子を見て、板切れに掴まった。ぐっと抱え込むようにすると、沈むばかりだった身体がなんとか安定し、呼吸がしやすくなる。

 板切れには縄が結び付けられており、騎士がそれを引っ張って、サロメを岸のほうへ寄せ、そうして泉の中から引き上げた。


「よかった……!」


 サロメと同じ年頃の、銀髪の美しい少女だ。初対面にも関わらず、サロメを抱きしめると、その雰囲気には似合わず、淑女らしくない大声を上げて泣き出した。サロメはその様子に少し困惑していた。

 ――そして、ふいにくらりと目眩がしたかと思うと、耳元に声が響いた。脳裏に少女の顔が浮かんだ。


「誰にでも優しいって、残酷なことだよ。どうしてわからないの?」


 大きな瞳に涙をいっぱいに溜めて、見知らぬ少女が言うその情景は一体いつのものなのだろう?

 ――そうして、サロメの意識は沈んでいった。






 サロメは、見知らぬ少女を見下ろしている。先ほど脳裏に浮かんだ映像と同じ、小柄で茶色の髪をした少女だ。彼女はサロメの胸をどんどんと強く叩きながら泣いている。


「――危ないことはやめてっていったじゃない!」

「でも、助けに入らなければ危なかったんだ」


 サロメはおや、と思った。自分が出しているはずのその声が明らかに自分のものではない。低くて耳慣れない、声。


「ひどいことを言うけれど、あたしは、知らないおじいさんが亡くなるよりも、お兄ちゃんが死んじゃうほうが耐えられない」


 サロメの手が、ぱしりと少女の頬を打つ。見慣れた自分の小さな子どもの手ではなく、それはごつごつと骨ばっており、薄い毛が生えていて、女のものとは思えない。

 少女はこぼれそうなその瞳をしばし見開き、それから苛烈な怒りを湛えてこちらを見上げている。


「――そんなひどい事を言うもんじゃない。命は等しく平等なんだ。助けられる者が手を差し伸べるべきだ」

「そのためにお兄ちゃんが死んじゃったらどうなるの?」


 二人の話はどこまで言っても平行線だった。

 ややあって、どちらからともなく話を終えた。妹であるらしい少女は、自分を鎮めるように深く深く息を吐き出して、それからサロメに背を向け、テーブルの上に置いてあったエプロンを取った。どうやら厨房へ向かうらしい。


 厨房というには狭すぎて、とても簡素なその空間で、彼女は箱の中から食材を取り出していく。そして、野菜を無心で刻んでいるという感じだった。

 でも、その小さな背中からは、絶えず怒りが靄のように立ち上っている。サロメの宿主であるらしいこの男は、それを申し訳なさそうに見ていた。

 サロメは部屋の中を見渡してみる。使用人の部屋くらいの広さしかない空間に、調理場と食事をするらしいテーブルがあり、その先に二つの部屋がある狭い場所だ。

 テーブルのそばには、黒い祭壇のようなものがあり、男女の写真が飾られている。写真の前には、不思議な香りの煙を上げる棒が立っていた。

 祭壇の横には、紙でできた扉のようなものがあり、その上部には服がかけられている。真っ白で丈の長い外套のように見えるのだが、薄い生地で防寒性がありそうには見えなかった。




 しばらくすると、小さな丸いテーブルに、所狭しと料理が並べられた。見たことのない白くてつやつやした穀物。かなり堅めに焼かれた不思議な形のオムレツに、野菜の盛り合わせ、それから土色のスープだ。

 見たことがないのになぜだか泣きたくなるような懐かしさがある。男はそれを静かに食べた。少女もまた、手を合わせて食前の祈りのようなものを捧げたあと、料理に手をつけた。

 気まずい静かな食卓だったが、ややあって少女がぽつりと言った。


「あたしはね、お兄ちゃんに自分を大事にしてほしいだけなんだ。知らない人にも親切にできるお兄ちゃんは素敵だと思うし、尊敬してる。でも、――もしそれで、お兄ちゃんが死んじゃったらどうするの? あたし、そんなふうに一人ぼっちになるのは嫌だよ」




 それから一言二言話したあと、男は食器を厨房へ戻し、身じたくを整え、靴を履いた。

 妹がやってきて言った。


「お兄ちゃん、お願いだから、自分の命も大切にして。それがわからないなら、せめてもう少し身内に執着してよ。誰かを守るなとは言わない。でも、他の人じゃなくて、近くにいる人の心を、何よりも自分の命を守ろうよ」





 それから男は出かけた。鉄の箱に乗り、人の波に揉まれ、ようやく降りた場所では巨大な城のような建物に吸い込まれていく。

 白一色の部屋で、男は先ほどの白い外套を着用し、何やら調べたり書きつけたりしている。

 日が傾いてきた。男は周囲の人間に挨拶すると、その場を出た。自宅に向かって歩いているらしい。

 その日は普段と違う道を選んだ。それは妙な胸騒ぎによるものだった。


 甲高い悲鳴が上がった。向こう側から人々が逃げ惑い、走ってくる。途中で踵の高い靴を履いた若い女性が転倒した。女性は涙で顔をぐしゃぐしゃにしており、その背後には刃物を持った男が迫っていた。

 気がつくと、サロメであるその男は、女性の前に身を投げだしていた。身体に鈍い痛みが、熱さが走った。

 玄関先で男を見送った妹の泣き顔が脳裏によぎった。






 目を覚ましたとき、サロメはサロメではなくなっていた。

 見覚えのない天井に混乱する。ぱっと身を起こすと、辺りを見回し、焼けるような痛みのあった場所をさする。血は出ていないし、痛みもない。

 自分と片割れとが複雑に混ざり合い、ひどく混乱していた。


「大丈夫ですか……?」


 心配そうにサロメを覗き込んだのは、先ほど会った銀髪の少女だった。


 そしてサロメは、まるでひな鳥の刷り込みのように、その少女に懐いた。変わらなかったのは他人に無関心なことだった。一方で、ただ一人、その少女だけには激しい執着を覚えたのだ。












 目の前が真っ白な光に包まれた。

 サロメは何が起こったのかわからずに、目をこすりながら身体を起こした。


「サロメ……!」


 突然、身体に衝撃を感じて、そのまま後ろに倒れ込んだ。


「あ、あの、ごめんなさい……。よかった……」


 目の前には、サロメが何よりも大切に思ってきた銀髪の少女がいる。憔悴しきった顔で、目の下には隈が刻まれていた。





 ――――


 サロメ・フランソワーズ・ブルゴーニュ伯爵令嬢について、近年の研究でわかったことがある。

 彼女は王国歴519年、愛の魔女として王国中を混乱させた後、逃亡し死去したとされているが、それは公式の発表に過ぎない。


 実際には、サロメは自らに氷魔法をかけて数年間の眠りについた。それは魅了魔法を持って、死んだように見せかけるというものであった。なお、サロメ本人にもその効果は及んでいる。


 その後、雪の聖女であったフルール・ルル・フレージュ公爵令嬢が、解呪の魔法にてそれを解いたとされる。これは、雪の聖女の力の一端が初めて証明された、貴重な事例である。


 サロメはその後、高い能力を買われ、研究者ロザーラ・トレムリエとして新たな生を得て、王国の発展に貢献したと考えられる。


 愛の魔女の出現は、その後も数百年おきに続いており、不明瞭な点が多い。特に、昨年の大混乱が記憶に新しいが、過去の研究により、魔女と聖女の確保・保護に成功している。


 ロザーラがいなければ、魔女と聖女の研究機関や転生者保護機構が現在の形になるまでにあと三百年はかかったであろうと言われており、彼女の功績は大きい。


 ピエール・サリム・モンデュー著

『ネージュニクス王国研究史 愛の魔女と雪の聖女』(初版:王国歴3019年)

 ――――


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ